第57話 美人の末路


 典ちゃんから入手した咲月のGPS信号は、都内の繁華街を示したまま動かない。


「誰かに襲われてスマホ落としたのか?」

「それとも、意識が無いままどこかに連れ込まれたのかも……」

「くそっ……!」


 俺達のただならぬ雰囲気を察し、アクセルが呻きを上げる。


「とにかく、二手に分かれるのは危険だ!一緒に行動しよう!」

「うん!」


 俺達が決意を固めた矢先、ブレーキがかかった。


「着きましたよ!お代は結構ですから、行ってください!」

「でも!」

「では、後日ここに!」

「ありがとうございます!」


 俺達はタクシーのおっちゃんから名刺を受け取ると発信地を目指す。繁華街の路地を抜けて歓楽街に突入し、怪しいネオンの中を駆け回った。


 イヤな予感しかしない……!


「咲月、無事でいてくれ……!」

「あ!咲月だ!」

「どこっ!?」


 不意に声をあげた咲夜が示す先には、若い男女の集団がいた。ラブホの前で何やら話し合っているようだ。会話の端々から察するに、どうやら誰がどの部屋に入るか決めているらしい。

 そして案の定、咲月は意識を失っていた。ぐったりしたまま、男の一人に肩を支えられながら引き摺られている。


(これだから大学のサークルは!碌でもねーな!)


 物陰に隠れて様子を伺っていた俺達は、集団が動き出したのを見て飛び出す。


「待て!」

「その子……!咲月は意識が無いじゃない!なんだってそんな子を連れ込むの!?それ犯罪だよ!?」

「ん……?」


 集団の中でリーダー格と思しき優男っぽい奴がこちらを振り返る。その表情から察するに、結構酒を飲んだ後のようだ。


「うわ、すっごい美人。咲月並みじゃね?」


(開口一番それかよ!ほんとに碌でもねーな!それしか考えられないのかよ!?脳みそ春真っ盛り野郎が!)


「いいから咲月を離せ!」


 づかづかと歩み寄ろうとする俺を、咲夜が止める。


「待って。あなたたち、咲月に何をしたの?」


「ん~?何って、楽しくお酒飲んでたら咲月ってば寝ちゃったから、介抱するだけだけど?」

「はいはい、テンプレどーも。どうせ酒に薬でも盛ったんだろ?」


(でも、俺みたいなマヌケはともかく、どうして咲月がヤリチン作戦なんかに……?)


「…………」


 眉をひそめて相手の出方を伺う咲夜も、同じこと考えているようだ。

 そして、怒りで震える唇を開く。


「そこの。奥にいる女。何か知ってるでしょ?」

「ひっ……」


 周囲の空気をビリビリとさせる、咲夜の尋常じゃない雰囲気に女が声を出す。


「答えろ。さもなくば、キミを社会的に――」

「はーん?随分物騒な美人さんだな?」

「キミには聞いてない。咲月はチープな罠にかかる程バカじゃない。おそらく身内の犯行だ。そうでしょ!?聞いてんの!?そこのキミだよ、女ぁ!」


(――っ!?咲夜が……キレた……!)


「キミ、さっきからそこの優男のことチラチラ見てる。どうせ『薬を紛れ込ませろ』みたいな指示でも受けてたんでしょ?咲月はお酒強くないから、飲むと頭痛くなっちゃうんだ。今日は慌てて出てったから、頭痛薬忘れちゃったのかな?親切を装って薬を渡した……その機会は前から伺っていた。たまたま今日うまくいった……そうじゃないの?」


「咲夜……」

(やっぱお前がホームズだよ……)


 感心して見守るしかない俺は固唾を飲んで耳を傾ける。

 咲夜は鋭く女を睨めつけた。


「優男から、どんな報酬を受け取るつもりだった?」

「――っ!」

「その表情……キミ、優男が好きでしょう?」


(えっ……読心術まで使えんのか?)


 というのはさておき、気まずそうに視線を逸らした女の表情がそれをイエスと言っている。


「ここで、何を報酬にされたか言ってごらん?ここにいる皆が証人になる。優男はキミの言う願いを必ず叶えてくれる……違う?」


(確かに、それはあの女にとってもメリットになる……咲夜、お前は悪魔か、天才か……)


 そして、女は悪魔の甘言にまんまとのせられた。


「さ、咲月に薬を飲ませたら、よりを戻してくれるって……」


(え……あの子バカなの?)


「薬を飲ませる目的、想像しなかったの?」


 もはや呆れ顔の咲夜。


「だって……!隆二りゅうじ君は言ったの!『利樹としきが咲月とヤりたいから協力してやって』って!そうしたら、よりを戻してくれるって!」


(へー。あの優男が隆二りゅうじで、隣のガチムチが利樹としきね……ギルティ、ギルティ……)


「あのさぁ、だったらなんで女2男3で部屋に入るの話し合うの?フツーに考えたらキミと優男、その他と咲月になるでしょ?」

「それは……」


「――はっきり言わないとわからない?彼らは、キミっていうハズレくじを誰が引くかで話してたんだよ!」

「――っ!」


 女が、目を開いて優男を見つめる。その眼差しに反論する優男。


「違う!真理愛まりあ!俺達は別にお前のことをハズレだなんて――」

「思ってないわけないよねぇ!?この世にいる男はみんな咲月が欲しいと思ってるんだから!!」


(あ――)


 姉バカだ。アルティメット姉バカ。

 ここに来て、咲夜の怒りと姉バカが爆発。男女の群れはたじろぐより他ない。


「隆二。キミも指示出しはちゃんとしなくちゃ。『薬を飲ませたら』じゃなくて、『咲月とヤらせてくれたら』の間違いでしょう?正直にそう言ってれば真理愛もバカな真似しなかったのに」

「く……」


「大体、サークルなんて入っても碌なことないって言ったのに!『社会経験と人脈も大切よ?』とか言っちゃって!それでこの有様!?咲月はもっと自分が可愛いって自覚するべきなの!」


(それは、たしかに……)


「それに、見る目ないよ。友達見る目。真理愛まりあだっけ?咲月が薬を受け取って飲んだってことは、間違いなくキミは咲月にとって『信頼できる友達』だった筈なのに……こんなあっさり裏切られちゃって……」


 咲夜は悲しげに目を伏せる。


「ほんと、これだから『外』は……」


「――っ……」


 その言葉に、俺の中でくすぶっていた怒りがふつふつと湧き上がる。


(そうだ。本当にその通りだよ……)


 なんで『外』ってこうなんだ?


 ただ可愛いってだけで誘拐されて、監禁されて。

 美人なだけで好きでもない男に言い寄られて、狙われて。

 美人だから、友達に裏切られて薬を飲まされる。

 せっかく可愛く生まれて来たのに、こんなのってあんまりだ。


(これだから『外』は、か……確かに、『外』がこんななら、いっそのことずっと【檻】に入っていた方が――)


 ――ハッ……


 俺は、目が覚めた。

 俺達の家は【愛の檻】。だったら、そこには愛する者と愛される者がきちんと収まっていないといけない。


 真理愛も動機をゲロったわけだし、首謀者もはっきりした。

 もうそろそろ、頃合いだろう。


「俺の家族さつきを……返してもらう……」

「哲也君、行ける?」

「ああ。たったの四人――いや、三人だろ?」

「女の子は頭数に入れないって?こんなときでも優しいんだね?大好き」

「咲夜。都合のいいとこだけ撮影頼むぞ」

「すでにレコーディングは済ませた。弱みは握ってるから問題ないよ」


 俺は後ろ手にスタンガンを構えて歩み寄る。


「調節レベルは?」

「『すごくビリビリするけど、その後に支障がない』レベル。言われた通りに済ませてる」

「オーケイ。頼んだよ、わたし達の新しい【檻】!」

「任せろ。中身を守るのは、【檻】の役目だからな!」


 俺は歩みを止め、一気に地を蹴った。右手を大きく振りかぶり、ガードの構えをした優男の脇腹に左下方から一発かます。


 ビリビリッ――!


「うぐぁ……!」

「よくも隆二を!」


(次!ガチムチ!)


 バキッ――


(痛ぇ!殴られた!けど――)


 バチバチッ――!


(当てればこっちの勝ちなんだよ!)


「ぐっ……!うぅ……」

「おい!利樹!隆二!」

「最後はお前だよ!名無しさん!」


 ビリバチバチッ――!


 どさっ……


「はぁ……こんなもんか。刺し違えて当てるだけなら楽勝だな。痛っ……口の中切れた。ガチムチこわ……」

「さすが哲也君!かーっこいい!さぁ、形勢逆転だよ。続けるの?真理愛?」

「あなたたち……!そんな凶器で!警察に言うわよ!?」

「さぁ、言えば?痺れは明日には消えてるし、犯行現場の動画も無い。それでも良いなら言ってごらんよ?そしたら、わたし達はこれを警察に突き出す」


 咲夜がスマホを再生すると、そこには真理愛の悲痛な叫びが。


 ――『薬を飲ませる目的、想像しなかったの?』


『だって……!隆二りゅうじ君は言ったの!利樹としきが咲月とヤりたいから協力してやってって!そうしたら、よりを戻してくれるって!』



 再生終了。ぽちっとな。

 そして、録音と同時刻に撮影された、気を失った咲月の姿を見せる。


「三名ムショ行き、確定ね?嫌なら消えな。今すぐに」

「~~~~っ!」


 真理愛は恐怖と屈辱、焦りと不安のない交ぜになった表情でその場を去っていった。


「咲月!」


 咲夜は真っ先に伏している咲月の元へ向かう。


「よかった……ほんとに寝てるだけだ!」

「まぁ、酔った大学生なんて咄嗟に出まかせが言えるほど出来良くないだろ」

「咲月?起きて?」


 ゆさゆさ


「…………すぅ……」


「あー、これは朝まで起きないやつかも」

「そっか。じゃあ負ぶって帰るか」


 俺は背中に咲月を背負うと、咲夜に手を差し伸べる。


「さぁ、帰ろう。俺達の【うち】に――」

「うん……!」

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