第39話【第二部1話】グーテンモルゲンお嬢さん

【第二部】美人双子に愛され過ぎて、気づいたら監禁犯になっていた



「――ん……」


 ふと、腹の上から胸にかけて寝苦しさを感じて目を覚ます。

 ――と、俺の上に幼女が乗っていた。


「――っ!?」


 カーテンの隙間から零れる陽光を浴びながら、冷房の風に揺れる白金色の髪プラチナブロンド。それと同じ色をした長い睫毛が胸元にわしゃわしゃと触れてくすぐったい。

 少女、というにはいささか幼すぎる身体のふかふかとした感触と、腰まではあるかという、ふわふわとした長い巻き毛から漂う甘い香り。

 俺の胃の辺りに顔をうずめて、心地よさそうに寝息を立てるこの幼女は……


「――誰、だ?」


 そして……


「なんで、今日に限って誰もいないんだ?」


(まさか!昨日久しぶりに友達(数少ない)と飲んで、その帰りに誘拐され――)


 そう思い、周囲に目を凝らしてみる。

 見上げた天井は見覚えのある、白い壁。横目で見ると、積みあがった段ボールは片づかないままでいるし、シーツも枕カバーも既に見慣れた愛らしい薄いピンクの花模様……

 ――どう見ても、俺の部屋だ。


(えっ……何?この状況……)


 身体を起こそうと力を入れると、俺の上に乗っていた幼女が目を覚ました。


「ん……んん……」


 眠そうに目を擦ると、俺の胸元に再び顔をうずめる。

 ――こいつまで二度寝するつもりか?

 幼女は体勢を立て直そうとしているのか、俺の脚の間で足をバタバタと動かしている。


(やめろ!痛い!ダメ!そこは死んじゃうから!)


「きみ!起きなさい!っつか、誰なんだ!?」


 たまらず声をあげると、幼女はようやく顔を上げた。


「ん……グーテンモルゲン?」


(――っ!ドイツ語!?)


「ふぁ……オハヨ?」

「……おはよう?」


(初対面の相手に、けっこーマイペースな子だな……)


 金髪碧眼という容姿の割には日本語が話せるようだ。意思の疎通がはかれることに安堵しつつ、状況を把握しようと対話を試みる。


「えーっと、きみは誰なのかな?お名前は?どうしてここにいるの?」


(ここは俺の部屋なんだけど……)


「――?」


 俺の問いに、幼女は小首を傾げて不思議そうな顔をしている。俺の腹部に両手をついて、女の子座りの状態でまたがり、『何言ってんだこいつ?』と言わんばかりに腹をぺちぺちと叩く。


「――っ!」


 その仕草に、ロリコンでないはずの俺ですら心がノックアウトされる。


(か、可愛いっ――!!)


 まさに、天使降臨。可愛すぎて語彙がヤバいが、その一挙手一投足が『可愛い』を凝縮して造られたもうた存在であるかのように思えてしまう。


(はーっ!可愛い!可愛すぎる!)


 気がつけば、俺はベッドを飛び起きてその場から逃走していた。俺の上から転がり落ちて布団に埋もれる幼女をそのままに、リビングに顔を出す。


「可愛い!なんなんだ!あの生き物は!?」

「おはよう、哲也君」

 ――ちゅ。

「お、おはよう……」


 相変わらずの咲月のペースに流されて、返事を聞く間もなく挨拶を返す。


「で!誰!?あの子!」

「知らない」

「――は?」

「お姉ちゃんが今、私の部屋で調べてるところ」

「――は??え?どういうこと?」


 わけもわからず混乱していると、部屋から幼女がとてとてやってきた。


「グーテンモルゲン?さつき……」

「グーテンモルゲン。ミーナちゃん」


 咲月はごくごく自然な流れで幼女と視線を合わせるようにしゃがんで挨拶を返す。


(えっ……咲月、めっちゃ知ってんじゃん。ミーナちゃんっていうのか?その子……)


 どうして教えてくれなかったのかと不満を抱きつつも仲良さそうにミーナちゃんを抱き上げる咲月に視線を向ける。


「ああ、教えるの名前だけでよかった?てっきり、どこの子かと聞いてるのかと……」

「いや、それもあるけど。って――どこの子かわからないのか?」

「うん」


 俺の問いに、間髪入れずに頷く咲月。その瞳には、残念ながら嘘は感じられない。


「――で?なんでそんな子がウチにいるんだよ?」

「拾ったの」


(――は?)


「昨日、哲也君が友達と飲みに出かけるって言ってたから、つまんないと思って、私も飲み会入れたのよ。それで、結構盛り上がっちゃって帰るの遅くなっちゃったんだけど、その帰り道に……」

「おいおい……そんな、『子猫拾っちゃいました』みたいなノリで――」

「ちょっと、そのジト目やめてくれる?私はいたって真面目なのよ?」


(いやいや、そんなこと言われてもムリだろ……)

 俺は再びジト目を向ける。


「路地裏に裸足でうずくまってたから、どうしたのかなって声かけたのよ。よく見たら服装もボロボロだったし。そうしたら――」


 俺の予想に反して、宣言どおりに大真面目な口調で続ける咲月。そして、ゆったりと、ポケットから取り出した『あるモノ』に滑らせるようにして視線を送る。


「――その子の足に、コレがついてたのよ」

「……?」


(――っ!?)


 ――俺は、見た。


 咲月の視線のその先。咲月の細い指に摘ままれていたのは……

 ――鎖が千切れた足枷だった。

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