第37話 両手と天上に望む花
両手に花という言葉は、このような光景を体験した過去のリア充が発明したものなのではないだろうか。
今、俺の両脇には楽しげにスマホの画面を見せ合って祭りの屋台をチェックしている美少女たちの笑顔が咲いていた。それ自体は眼福以外の何物でもない、俺は幸せの絶頂期にいると言っても過言ではないだろう。しかし、気になることがひとつ。
「おい、俺を挟んで会話すんのはやめろ!」
(さっきから周囲の視線が気になって仕方がないんだよ!特に、殺意に満ちたやつ!)
「え~、だって、それじゃあ哲也君の隣にいられないじゃん」
不満げな咲夜に、こくこくと頷く咲月。
「哲也君が外で手を繋ぐのは恥ずかしいって言うからこれで我慢してるのに。注文が多いなぁ?」
「う……」
(なんで俺が我儘言ってるみたいになってるんだ!?)
とは思いつつもやはり流されて現状を看過してしまう。
駅のホームで電車を待っている俺達は、先程から行き交う人々に痛いくらいの視線をぶつけられていた。
それもそのはず。絶世の美人双子が揃いも揃って艶やかな浴衣姿に身を包んでいるのだから、老若男女を問わず、思わず目を奪われてしまうのも当然だ。
俺が逆の立場でも、感嘆のため息を吐きながら見とれていただろう。
――しかし。その間に挟まる俺は羨望とも妬みともとれる眼差しをぶつけられている。もし仮に俺が美少女だったとして、この視線が美への羨望によるものだったとしても、そわそわとして居心地が悪いものには変わりがなかった。
(咲夜が外出嫌いな気持ちがわかったよ……こりゃあ、ステータスをコミュ力に振り切ってないとどうにもツライものがある……)
およそコミュ力の値が高いであろう咲月に視線を向けると、穏やかな色の中に期待と楽しみを秘めた瞳で見つめ返される。
やはり咲月は魔法使いなんだろうか。その視線は、人を硬直させる効果があった。
「どうしたの?哲也君。せっかく念願の『外』に出たっていうのに、借りてきた猫みたいに大人しくなっちゃって」
「え、いや……なんか落ち着かないなと思って……」
「あ、それわたしも思った!さっきからいろんな人が哲也君のことをジロジロ見てる!狙われてる!」
(いや、それお前らの方だからな?見られてるのも、狙われてるのも!俺が狙われてるとしたら命だよ!?)
そんなツッコミが喉から出かかっている俺をよそに、ぷんすこと頭から煙を出す咲夜。
「いくら欲しそうに見られても、哲也君は誰にも渡しません!渡しませんからね!」
そう言って、俺達にしか聞こえないような小声でいたずらっぽく囁く。
「えー、ずるい。私に貸してよ」
「咲月になら、うーん……貸すだけなら、まぁ……」
「やっぱちょうだい」
「それはちょっとな……」
「お姉ちゃんのケチー」
「やめろ!俺はモノじゃない!」
「「はーい」」
声をそろえて棒読みで反省する双子にため息を吐いていると、電車がやってきた。車内にはところどころに俺達と同じように浴衣に身を包んだ人達がいて、思い思いに花火大会への期待に胸を高鳴らせている。
電車に乗り込み、比較的空いている離れのドア付近に立つと、咲夜がひそひそ声で耳打ちしてきた。
『ねぇ哲也君。アレしてよアレ』
『――アレ?』
ちらりと動いた咲夜の視線の先には、隣の車内で混み合う人々から彼女を守るようにしてドアに手をつく彼氏の姿が。いわゆる、壁ドン(守護の型)だ。
いくらふたりとの生活に慣れてきたとはいえ、外でそんなことなんてしたことない俺は思わず顔が熱くなる。
『いや、アレは俺にはハードルが……』
『え~、ダメ?』
『うっ……』
完全に慣れたと思っていた咲夜の『お願い目線』も、浴衣姿でやられると破壊力が跳ね上がり、俺の心はぐらぐらと揺さぶられる。この揺さぶりは震度四強。
(まだ、耐えられる……!)
『――咲夜。この辺はまだそんなに混んでないだろう?』
『それは、そうかもだけど……こないだはぎゅってしてくれたのに……』
(うっ……!そんな残念そうに見せかけて誘うような視線を送るんじゃない……!)
『――ね、ダメ?』
(上目遣いをやめなさい!ああ!浴衣の胸元を寄せるんじゃない!ほんっとにこいつはこういう時ばっかり……!)
俺はため息を我慢しながらすんでのところで理性を保つ。
『こ、ここは外なんだから。家と同じようにはいかないの!わかったか?』
『むぅ、わかったよ……今日は諦める……』
(……『今日は』……?)
その言葉を疑問に思いつつ『外』の景色を楽しんでいると、花火大会のある最寄り駅へと到着した。
俺達は一斉に降りる人の波に乗るようにして下車し、そのまま会場へと向かう。
近づくにつれて祭囃子のBGMが大きくなり、屋台のいい匂いが鼻腔をくすぐった。俺達の足は三人揃って早くなる。
「わ、いい匂い……!」
「咲月のご飯も美味しいけど、たまにはこういうのもいいよね!」
「だな……!」
昨日外に出たときは外食に対してあまり心が踊らなかったが、それは『咲月の飯の方が美味い』という理由だけではなかったようだ。やはり、『ふたりと食べるから』飯は美味いのだ。
「ねぇねぇ、何から食べようか?」
わくわくと視線を忙しく動かす咲夜に連れられて、俺と咲月も童心に返ったように祭りを楽しんだ。屋台の焼きそばにタコ焼き、フランクフルトにかき氷。金魚すくいに型抜き……とあらゆるものを堪能して、俺達は花火に適した場所を探す。
その道すがら、りんご飴を美味しそうに齧り、赤くなった舌を見せ合って笑う双子に『哲也君の舌も赤くしてあげようか?』と言われたが『お外でそういうこと言うのはやめなさい』と一蹴する。
メイン通りから少し離れた小高い丘の上に絶好の鑑賞スポットを見つけた俺達は、神社付近の階段に敷物を敷いて腰を下ろす。神社の人は皆祭りに駆り出されているのか、はたまた神様が本当にいるのか。そこは不思議なくらいに静かで落ち着ける場所だった。
花火が始まるまで、あと少し時間がある。そんな中、咲月は『飲み物がなくなったから買ってくる』と言って俺達を残してメイン通りへと出かけて行った。
人の目を引く咲月のことだから悪い輩に声をかけられないかと思い『ついていこうか?』と提案したが、『それなら、どっちかっていうと私よりお姉ちゃんをひとりで残す方が心配』と言われ、俺はその指示に従った。
俺は咲夜とふたり、階段に腰かけて花火を待つ。
「…………」
咲月の言ったとおり、こうして隣で改めて見ると、咲夜の容姿は目立つというかどこか人外的な美しさを放っていた。普段は無邪気な言動をしているせいか忘れてしまいがちだが、静かな場所で大人しくしていると、まるでどこかのおとぎ話から切り取ってきたかのような存在だ。
銀髪は夜の闇にぼうっと浮かび上がり、その薄っすらとした銀色に照らされるようにして白い肌と長い睫毛がきらきらと光を発しているように見える。
「…………」
思わず見惚れていると、久しぶりの人混みに疲れて俺に寄りかかって休んでいた咲夜と目が合った。
「哲也君、どうしたの……?」
「あ、いや……なんでも……」
あまりに綺麗で見惚れていたなんて、恥ずかしくて口に出すことができない。言葉に詰まっていると、咲夜が思いついたように口を開いた。
「ねぇ、哲也君。あの時の『お願い』って、今聞いてもらえる……?」
「『お願い』……?」
首を傾げる俺に、咲夜は目を細めて笑う。
「外に出るときに言った、『許してくれたらなんでもする』ってやつ……」
「――っ!」
(そういえば、咄嗟にそんなことを口走ったんだったっけ……!)
俺はどきりと心臓が音を立てたのがバレないように注意しながら聞き返す。
「いいけど……いったいどんな『お願い』だ?」
恐る恐る聞き返した俺の予想に反して、咲夜はしんなりとした動きで俺の胸元に頬を寄せた。
「ねぇ、キミの心臓の音を聞かせてよ……?」
「へ――?」
(それ、だけ……?)
拍子抜けした俺に、咲夜はいつもの『お願い目線』を向ける。しかし、その視線はいつものソレとは異なり、どこか寂しそうに見えた。
(咲夜……お前はひょっとして……)
咲夜が俺の心臓の音を聞きたいと言うとき。それは、『生を実感したい』という意味だと思っていた。だが、最近ではそれも少し違うように感じる。
おそらくだが、こうすることで咲夜は、『俺が傍にいる』ということを再認識しているんじゃないだろうか。
「ダメ、かな……?」
少し自信の無さそうなその瞳が、俺を覗き込む。
(お前は、俺がどこかに行ってしまうと、そう思っているのか……?)
それは俺が『外』に出たからなのか、『自由』になったからなのか。それはわからない。わからないが――確かにわかることもある。
「…………」
無言で返事を待つ咲夜を、俺はそっと抱きしめた。ほどなくして始まった花火の音に負けないように、心臓の音を聞かせようと頭を抱えて優しく撫でる。
囁くように、諭すように。
「別に、これくらいの『お願い』ならいつだって聞くのに……」
「哲也君、それって……」
「――ああ。これからは、いつでも好きなときに聞けばいい」
「あ――」
一瞬言葉を失った咲夜は胸元に耳を押し付けて、消えそうな声で小さく呟いた。
――『ありがとう……大好きだよ……』
「どういたしまして」
俺達がなんとも言えない穏やかな雰囲気に包まれていると、飲み物を手にした咲月が急ぎ足で帰ってきた。
「ごめんなさい、転んで怪我してる子を待合所に預けてたら遅くなっちゃって――って……お邪魔だったかしら?」
「あ。咲月――」
別にやましいことをしていたわけではないのに何故か内心で焦る俺の心臓。
早くなったその鼓動が俺に迫る危機を伝える――と思いきや、想定外の一言が場を一瞬で支配した。
「――咲月?何してるの?立ってないで、こっちおいでよ?」
「「えっ――」」
「今ね、哲也君を外に出したお礼に『ご褒美』もらってたの。わたし達は、ふたりでひとつの【
「お姉ちゃん……」
「――ふふ。わたし、こう見えてお姉ちゃんだよ?咲月の欲しいものくらい、聞かなくたってわかるんだから」
そう言って、いたずらっぽくドヤ顔をする。
「ほんと、敵わないなぁ……」
咲月は下駄を響かせて咲夜と反対側に腰かけると、同じようにして俺の胸元に顔をうずめた。
「三人で、ずーっと幸せに暮らそうね?」
「――うん……!」
(…………)
俺は、夏の夜空に咲く花火よりも眩しい双子のその笑顔に、誓いを立てるのだった。
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