第35話 買い物の中身
ゆら、ゆら、ゆら。
ぼんやりと揺れる夕焼けみたいな橙を見つめ、俺もまた夢と現実の狭間で揺らめいていた。
(はぁ……これが幸せか……)
頬が落ちるようなご馳走で腹は満たされ、目の前には明かりが灯ったろうそくが並ぶ。誕生日のケーキを誰かと一緒に食べるのなんて、何年ぶりだろう。しかも、両手に花状態で。
夢心地な俺の目を覚ますように、双子のジト目が訴えかけてくる。
「「哲也君……」」
「なんだ?」
「一言、いい……?」
「――?」
「ちょっと買い過ぎだよね!?コレ!?」
そういって指さされたのは、テーブルにでーんと並ぶホールケーキ。その円の外周を囲むように立てられたろうそくの数々が、まるで夏の風物詩の灯篭流しを思わせる。
俺はろうそくに照らされて顔がほんのり赤くなった双子に目を向けた。
「ダメだったか?」
「いや、ダメじゃないけど、流石にこれは――」
「1人1ホールは無理でしょお!?」
両手をクロスさせてバッテンを作る咲夜。呆れ顔の咲月に指さされたのはテーブルを埋め尽くすように並んだ三つのホールケーキだった。
「だって、甘いもの好きだろ?」
「「そういう問題じゃない!!」」
「ショートケーキかチョコレートか決められなくて……」
「「じゃあ三つ目は何!?」」
「なんか美味そうだった……」
「「…………」」
視線を逸らす俺に、双子は口を揃えて言い放つ。
「「哲也君、外出禁止」」
「そんな……!」
「どう考えても食べきれないでしょう!?無駄遣いするくらいならウチにいて!」
「咲月ひどいぞ!俺はお前たちの誕生日を祝おうと……!」
「――っ!無駄遣いは言い過ぎたわ、ごめんなさい。その気持ちは嬉しい……ありがとう……」
「――だろ?」
「でも!それとこれとは話が別よ!いくらなんでも限度ってものが――!」
「あ~、咲月。もういいよ。がんばって食べよ?哲也君はお外に出る前にまずはお金の使い方から手取り足取り一緒にお勉強を――」
「やめろセクハラ教師。俺は世間知らずなお嬢さんじゃない」
「あ~、うん。わかったわかった。じゃあろうそく消すよ?せーのっ――」
そう言って、咲夜と咲月は同時にろうそくを吹き消した。
「「…………」」
「ほら、まだ五分の一だ。頑張って消してくれ」
「「哲也君も――」」
「ろうそくを吹き消すのは誕生日の人間の仕事――いや、特権だ」
「「…………」」
「早くしないとケーキ溶けるぞ?」
「そ、それは困る!」
「覚えてなさいよ……」
ふたりは息も絶え絶えになりながらなんとかろうそくを吹き消した。そんな双子をよそに、俺はケーキを切り分ける。
リクエストに従って咲夜はチョコ多め、咲月はいちご多めに盛っていると、そわそわとした咲夜に声を掛けられる。
「ねぇ、プレゼント、開けてもいい?」
「あ、私も」
「どうぞ。大したものじゃないけど」
俺がそう言うと、ふたりは『そんなの関係ない』と声をそろえた。
「わぁ……!」
「綺麗……」
丁寧に包みを開けて、そこから取り出されたのは色違いでお揃いの花の髪飾り。
咲夜が黒で、咲月は白。これは、俺なりにふたりの髪色に映えるようにチョイスしたつもりだ。
この歳になって髪飾りのプレゼントなんて、なんだか気恥ずかしいし柄ではないとは思ったが、これにはちょっとした
俺は喜びに目を輝かせるふたりに、その余韻を壊さないようにそっと話しかける。
「実はな、それは前金みたいなものなんだ」
「「――前金?」」
「ああ。誕生日に要らないもの貰っても困るだろ?お前たちの好みもまだそんなに詳しくないし……だから、ちゃんとしたやつは後日、皆で出かけたときにでも選んで欲しい。ネックレスでも、時計でも、何でも」
「そ、そんな!すっごく嬉しいよ!これ以上なんて要らないって!」
「え……さすがにそれじゃあもの足りないだろ」
「そんなことない!絶対大事にする!」
全力で否定する咲夜に、こくこくと頷く咲月。俺は困ったように頭を掻く。
「いや、俺の気が済まないから今度何か選んでくれよ。それより、今回ソレをプレゼントしたのは
「「――
首をかしげるふたりに、俺はスマホの画面を提示した。頬をくっつける勢いで仲良くそれをのぞき込む双子。
それは、今度都内の川沿いで行われる花火大会の概要だった。
「今日電車の広告でこれを見つけたんだ。それでその……ふたりには、一緒にこれに行って欲しいと思って……」
「哲也君……」
「意外とロマンチストなのね……?」
「好きぃ……♡」
盲目的に目からハートを飛ばす咲夜に、からかうような笑みを浮かべる咲月。俺は双方の視線を無視して話を続ける。
「そこで、条件というか、お願いがあるんだ」
「「お願い……?」」
「花火大会へ行くとき、その髪飾りを付けてやって欲しい」
「もちろん!」
「ええ、喜んで」
「そして、浴衣を着て欲しい」
「「…………」」
ふたりの視線が、さっき以上に俺に釘付けになる。しばしの沈黙の後、口を開いたのは咲月だった。
「哲也君、ひょっとして最初からそれが目的で……?」
――どきっ
「だから、花の飾りなのね?少し大ぶりな」
――どきどきっ
咲月の舐めるような視線に、俺は居ても立っても居られず胸中を暴露した。
「ふたりの浴衣姿が見たいんですっ――!だって、お前ら絶対似合うだろう!?はちゃめちゃに綺麗で可愛いに決まってるだろう!?俺だって!学生らしくて夏らしいことがしたい!彼女がいたことなくたって、ちょっとくらいそんな思い出があってもいいだろう!?」
「「…………」」
「哲也君、そんな――」
「必死にならなくても……」
「…………」
「「今更じゃない?」」
「へ――?」
懇願するように頭を下げていた俺は、その言葉を聞いて顔を上げる。ふたりは困ったような顔をして、くすくすと肩を上下させていた。
「ねぇ哲也君。私達は、君のことを閉じ込めちゃうくらいに大好きな元・監禁犯なのよ?それが今更、『彼女がいたことない』とか『思い出を作りたい』とか、笑わせないで?」
「そうそう。わたしの心は、もう二度とキミから離れない。たとえ頼まれたってね。キミが望むなら、いつでもどんな格好でもするよ?浴衣も、水着も、メイドも、バニーも、それ以上だって――」
「お姉ちゃん。それ以上って、いったい何よ……」
(まさか、裸エプ――)
ジト目を向ける咲月に、咲夜は指をそわそわと合わせ、赤くなってもじもじとしながら呟く。
「……ウ、ウェディングドレスとか……?」
「――っ!」
(――ッ!?そう来たか……!!)
俺的に、その発言は裸エプロンよりもクリティカルヒットだった。
「お姉ちゃん!?ちょっとそれ抜け駆け――」
「え~ダメぇ!?」
「――っ!わ、私だって!哲也君が望むなら何にでもなるから!彼女でも!お嫁さんでも!一緒にいられるならこの際愛人でもいいわ!」
「いやよくないだろ!?愛人は!?」
ツッコむタイミングを長らく逸していた俺は、ようやく会話に混ざることに成功した。
「ふたりとも落ち着けよ!俺のこと好きだっていうのはよーく伝わったから!な!」
「「あ――」」
「あ――」
言ってから、三人揃って赤くなる。
その場に流れる空気をどうにかしようと、俺は『こほん』と咳払いして切り出す。
「と、とにかく……!俺と一緒に花火大会に行ってもらってもよろしいでしょうか!浴衣で!!」
「「よろこんで~!」」
咲夜と咲月は楽しげに、仲良くそろって手をあげた。
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