第32話 わたしたちの本当に欲しいもの


 思いもよらない言葉に、絶句する。

 なんとなく『自由にする』と言い出す嫌な予感はしていたが、『自首する』は想定外だ。

 言葉を返せない俺をよそに、咲夜は続けた。震える指で、俺の服の裾を握りながら。


「――だから、お願いがあるの」

「おね、がい……?」

「うん。責任ならわたしが取る。だから、お願いだから……咲月だけは、見逃して……」


「「――っ!?!?」」


 ――その瞬間。部屋の扉が勢いよくバンッ!と開いた。


「お姉ちゃん!?そんなの、私聞いてない!!」

「あ――咲月……」


 呆然と振り向いた俺に、咲月はキッと向き直る。


「さっきから黙って聞いてれば!なんなのふたりとも!?お姉ちゃんが一生懸命想いを伝えようとしてるのに!哲也君は『好き』に対してクソクソクソオブクソ鈍感だし!!」


(――っ!?)


「お姉ちゃんもお姉ちゃんよ!?この期に及んで『咲月だけは見逃して』って何!?そんなの、私は望んでない!監禁これは私の望みなの!自首するなら私が――」

「だ、ダメ!そんなの絶対ダメ!」

「ダメって何!?監禁の主犯は私よ!?言い出したのも、計画したのも私!予備の計画を立てて手を回したのも!全部ぜんぶ私でしょ!?」

「でも、それは咲月がわたしの為に……!」

「私の為でもあったのよ!私だって!哲也君とずっと一緒にいたいもの!!」

「それは、わたしに共感しているうちにそうなっちゃって……」

「でも!今は私の気持ちよ!」

「そ、それはそうかもだけど――」


「――い い 加 減 に し ろ!!」


「「――――!?」」


 俺は堪らず声をあげた。


「いつ俺が自首しろなんて言った!?」

「「あ――」」

「そんなの!全然幸せじゃないだろうが!お前ら言ったよな!?監禁するのは『家族になって』『幸せに暮らす』のが目的だって!だったら、最後までやり通せよ!」

「「…………」」

「だから、自首するなんてバカなことを言うのはやめてくれ。そんなの、俺も幸せじゃない……」

「「哲也君……」」

「俺はただ、少し外に出して貰えれば、それでいいんだ……」


 縋るように呟くと、咲夜は首を縦に振った。


「やっぱり、敵わないなぁ……」

「咲夜……?」

「――わかった。キミを信じるよ」

「お姉ちゃん……」

「咲月。哲也君にとってわたし達はもう、ただの監禁犯じゃない」

「いいのか……?信じて、くれるのか……?」

「うん……!」


 そういって、咲夜は咲くような笑顔を向けた。咲月も観念したように眉を下げて微笑む。


 ――嬉しい。


 ただ信じて貰えることが、何よりも嬉しかった。

 勿論外に出て目的を達成できるというのもあるが、考えてみれば、これは下手をすれば生殺与奪の立場が逆転しかねない状況だ。にも関わらず、ふたりは俺を信じてくれた。俺に、委ねてくれた。そのことが、まるでふたりに認めて貰えたみたいでなんとも言えず嬉しい。

 嬉しくて嬉しくて、俺も思わず笑みを返した。


「ありがとう……!」

「「――っ!」」

「絶対に、帰ってくるから。約束する。そして、今度こそ約束を守って見せるよ」


 そう言うと、ふたりも首を縦に振った。


「じゃあ、明日の朝に足枷を外す……それでいいかしら?」

「ああ、助かる。売り切れることは無いと思うが、納得のいくものを見つけたいんだ。色々見て回れるのは嬉しいな」

「ねぇ、何買うの?」

「内緒」


 俺の返事に、咲夜は頬を膨らませながら腕をぐいぐいと引っ張る。


「いつ帰ってくるの?」

「夕方までには。そうだ、咲月。明日の夕飯はできれば豪華なものにしてくれないか?」

「いいけど……哲也君がそんなおねだりなんて珍しいわね?」


(それもあるけど……)


「夕飯が楽しみな方が、家路につくのが楽しみだろう?」

「何それ。変な哲也君……」

「俺は咲月の作る飯が好きなんだ。アレに慣れると、もう他じゃあ食べれない。だから、夕飯までには必ず帰る」

「――っ!?」


 何故か顔を真っ赤にして俯く咲月。咲夜は横で『よかったね~』と言いながら咲月のわきつついている。


「えっと、出る前にリュックの中身を確認したいんだけど……」

「それなら、私の部屋の隅に置いてあるわ。勝手に入って見てきていいわよ」

「サンキュー、咲月」


 俺はにやにやしながら小突きあっている双子の脇をすり抜けて部屋を出た。


      ◇


「お姉ちゃん、これでよかったの……?」


 哲也君が部屋を出て、姿が見えなくなったのを確認してから声を掛ける。

 さっきからじゃれついているお姉ちゃんは、私の首筋から顔を上げるとにっこりと微笑んだ。


「うん。いいの」

「哲也君、逃げちゃうかもよ?」

「逃げないよ。咲月のご馳走を食べるまではね」

「ふふ、それもそうね……」


 お姉ちゃんはそう言ったけど、きっと哲也君はその先も逃げないだろう。


(私はそう思うけど、お姉ちゃんはどう思っているのかな?)

 ふと思い、疑問を投げかける。


「ねぇ、お姉ちゃん。『欲しいもの』……手に入った?」

「ふふ、どう思う?」

「その顔……手に入れたみたいね?よかった……」

「咲月こそどうなの?」

「私は――」


(うん。大丈夫……お姉ちゃんの考えてることと同じなら……)


「――手に入れた、と思う」

「ならよかった。咲月も、わかってくれたんだね?」


 お姉ちゃんはそう言って哲也君が出ていった扉を愛おしそうに見つめた。


「わたし達が欲しいのは、哲也君自身じゃない。本当に欲しいのは、哲也君の――『キミを信じる』と言われたときの……あの、笑顔だよ」

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