第31話 告白
なんとなく、三人揃って落ち着かないまま夕飯を済ませた俺達は、いつものように片づけと風呂を済ませてリビングでリラックス――
――できるわけがなかった。
(ああもう!咲夜と咲月があんまりそわそわするもんだから、俺まで落ち着かない!)
『買い物に行きたい』と相談しただけでこうまで動揺されるとは思わなかった。だが、この程度で諦めていては目的が完遂できない。
ふたりにつられてそわそわとしていると、自室から咲夜があわられて手招きをする。
「もういいよ……」
(――『もういいよ』?まさか、またいかがわしい格好で出迎えるつもりじゃないだろうな?)
いったい何の準備をしていたのかと、身構えながら部屋に入る。
予想に反して、咲夜はいつもの白い
(なんだ。俺の考えすぎか……)
だが、案外そうでもなかったらしい。ベッドに腰掛けて『こっち』と呼ぶ咲夜は膝をもじもじとさせ、いつものような押せ押せモードは鳴りを潜めている。照れ臭そうに俯き、こころなしか赤面している表情が普段とのギャップを感じさせ、なんだか弄りたい衝動に駆られる。
俺はその、少しいじわるな衝動が抑えきれなかった。
「どうしたんだよ、急に改まって。らしくないじゃないか――天ちゃん」
「――っ!だ、だから!その名前で呼ぶのは反則だってば!」
(肩がびくっとした。なんか、可愛いな……)
俺が思わず口元を緩ませていると咲夜はベッドをぽふぽふと叩き、座るように促す。俺はいじわるしたのを反省し、『はいはい』と素直に腰かけた。
「――で?返事聞かせてくれるんだろ?」
「うん。でもね、今日はそれ以外に聞いてほしい話があるの……」
「話……?」
首を傾げる俺に、咲夜は深呼吸するとゆっくりと口を開いた。
「――哲也君。あのね……」
「ん?」
「わたし、キミのことが……好き……」
「知ってるけど。急に改まってなんだよ?」
「…………」
「――?」
「だ、大好きなの!」
「知ってる」
「監禁して、ずっと一緒にいたいくらいに好きなの!」
「まぁ、見てのとおりだよな」
俺は足首の鎖をジャラジャラと鳴らした。咲夜はその様子を見て何故か頬を膨らませる。
(いきなり好き好きモードかと思いきや、急に何を拗ねてんだ!?)
困惑する俺に対し、咲夜は辛抱ならんというように声を荒げた。
「どうしてわからないかなぁ!?」
「えっ。いや、お前が俺の事好きなのはもう十二分に伝わってるけど!?なんでキレんだよ!?」
「…………ごめん」
「……??」
(結局何が言いたいんだ?なんか、調子狂うなぁ……)
俺は様子のおかしい咲夜を落ち着かせようと背中をさすった。
本当に背骨が入っているのか疑わしい、ふにゃふにゃとして柔らかい背中。しょんぼりと俯く丸まった背が、よもや本当に猫なのではないかという疑問を抱かせる。
「――なんか言いたいことがあるんだろ?ゆっくりでいいから、落ち着いて話せよ?聞き終わるまでここにいるから」
そう声をかけると、咲夜はため息をついた。
「そういうとこだよ……はぁ……好き……」
「なんか知らないけど、好かれてるなら嬉しいよ……けど、大丈夫か?『好き』が極まりすぎて病んでるんじゃないか?」
「そんなの、元からだよ……」
どこか投げやりに俺の鎖を見つめる咲夜。短く息を吐いたかと思うと、俺の手をきゅっと握った。指を絡めるようにしていじいじとするその仕草についつい庇護欲をそそられる。
俺が黙って見守っていると、咲夜はぽつぽつと話し出した。
「あのね、わたしは、小さい頃からキミのこと、大好きだったの」
「うん……」
「キミは、わたしのことをいつも励ましてくれた。『お天道様みたいにきれいな髪だね』って褒めてくれた。わたしが発作を起こすと、病室が騒がしくなったのを聞きつけてすぐに来てくれて、『そばにいるよ、ここにいるよ』って、手を握ってくれた。――こういう風に」
そう言って、咲夜はぎゅっとするその手にやさしく力を込める。
「そうだったな……」
「あの頃は、発作なんて日常茶飯事だったから、両親は連絡を受けても来てくれなかったのに。キミだけは必ず来て、心配してくれた。『目を開けて』って、『がんばって』って……そのときだけは、生きててもいいのかなって、思えたの」
「うん……」
「だから――」
「…………」
「どんなことをしてもいい。今度こそ、ずっと傍にいたいと思った……」
「咲夜……」
思いつめた様子の咲夜に、俺は嫌な予感を覚える。
俺は次の言葉を言わせまいと口を開こうとしたが、不意に手をぎゅっと握られ、機を逃してしまった。
咲夜は、今までお互いが思っていても中々言い出せなかったその言葉を口にした。
――『ごめんなさい……』
「ほんとうは、こんなことしちゃダメだって、わかってる……」
「…………」
「キミがウチに来てからの数日間、わたしは本当に楽しかった。一緒にお昼寝したこと、ごはんを作ってくれたこと、沢山お話したこと……」
「それは……」
(俺も……)
「そして、嬉しかった。キミが昔と変わらないままでいてくれたこと。記憶を取り戻してくれたこと。また、傍にいてくれたこと……」
俯いていた咲夜は顔を上げ、顔を赤らめて遠慮がちに俺を見つめる。
「また、あだ名で呼んでくれたことも……」
「天、ちゃん……」
その名を聞いて、咲夜は『やっぱり照れちゃうからダメだ』と笑って俯いた。しばし黙っていたかと思うと、短く息を吸い込み、ゆっくりと口を開く。
握った手に力を込めて俺を見据えるその眼差しに、幼い天ちゃんの姿は無かった。
(――あ。ダメ、だ……『その言葉』を言ったら――俺は外に出してもらえれば、それでいい。それ以上は……!)
「さく――――」
――遮ろうとしたが、間に合わなかった。
「ほんとうにごめんなさい。キミが望むなら、外に出す……いや、キミを解放する。自由にする。そして、わたしは自首する」
「――っ!?」
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