第29話 監禁犯の決意
大学から帰ると、わたしを出迎えてくれたのは哲也君でなくて咲月だった。
「ただいま~……あれ?なんかコワイ顔しちゃって、どうしたの?」
「お姉ちゃん、こっち……」
「――?」
手を引かれるままに咲月の部屋に入り、ベッドに腰掛ける。
隣に座った咲月は深呼吸をすると、思いもよらないことを口にした。
「落ち着いて聞いて。あのね……哲也君を、外に出そうと思うの……」
「――え?」
突然のことに、わたしの思考は停止する。
(なんで急に?どうして今になって……?)
「哲也君を外に出すって、本気なの?咲月……」
「うん。本気……」
「…………」
咲月の目を見れば、嘘じゃないことはすぐにわかった。
よく見ると、膝の上で握りしめた拳は震えているし、唇は心細そうにきゅっと結ばれている。
(咲月をこんなに思いつめさせちゃうなんて、おねぇちゃん失格だなぁ……)
わたしは咲月の震える手を握り、ゆっくりと問いかける。
「どうして、出そうと思ったの?何があったの?」
「……哲也君が、『外出したい』って。買いに行きたいものがあるらしいの。出して貰えれば、『なんでもする』って……」
「――ッ!?」
(なっ、『なんでも』!?いやいや……今はそれどころじゃなくて……)
「…………買い物?」
想定外の返事に、思わず声が裏返る。
咲月は、内心穏やかでない感情を隠すように、ぽつりぽつりと話を続けた。
「自分で選びたいものらしいの。だから、私達が買いに行くんじゃダメなんだって。勿論、それが本当かどうか私にはわからない。そう言って逃げる事なんて、いくらでもできる……」
「そう、だよね……」
(特にこれといった趣味の無い哲也君が、このタイミングで買い物……?)
「しかも、明日までには返事が欲しいって。過ぎたら意味がないとかなんとか……ひょっとしたら、協力者がいるのかも……」
「…………」
哲也君のことは大好きだから、本当は信じたいんだけど、どう考えても怪しすぎる……
「もし哲也君が逃げて警察に駆けこんだら、私達は捕まる。口裏を合わせればなんとかなるかもしれないけど、その場合は哲也君が捕まることになる……」
「そ、それだけはダメ!」
わたしは思わず声を荒げた。
「そんな……そんなことしたら、哲也君が行っちゃう!あのとき、親御さんに手を引かれて手術室へ入っていったときみたいに!二度と、会えなくなっちゃう!」
「――そう。でも、対策ならある。そこで、お姉ちゃんに相談があるの――」
動揺するわたしの手を、咲月はゆっくりと握り返した。
「お姉ちゃん、知り合いの看護師さんと今でも仲いいでしょ?」
「――え?」
(急に、何?)
戸惑いながらも、わたしは返事する。
「確かに今でも仲良しだけど……昨日も病院で会ったら何人か声かけてくれたし……」
「その中に、実家がお医者のお兄さんがいたわよね?あの、小さい頃からお世話になってて、お姉ちゃんのことを実の妹みたいに可愛がってくれる、爽やか系なお兄さん……」
「えっと、
「そうそう。
(確かに小さい頃はそう呼んでたけど、もう三十歳過ぎてるから、『ちゃん』って歳じゃないけどなぁ……)
「典ちゃんが、どうかしたの?」
わけがわからず聞き返すわたしに、咲月は想定外のことを言い出した。
「典ちゃんにさ、解毒薬貰えないかな?」
「――え?」
(――え??)
混乱するわたしをよそに、咲月は落ち着いた口調で話し出す。
「バイト先の先輩に釣りが好きな人がいてね、こないだ頼んで釣ってきてもらったのよ。――ハギを」
「????」
「ここに来る前に受け取って、クーラーボックスにしまってあるんだけど、そのハギの毒に有効な解毒薬が欲しい」
「…………」
(ハギって、毒あった?いや、今はそんなんじゃなくて、どうして今その話なの!?)
思考をいくら巡らせても、わけがわからな――
「…………」
――わかっちゃった……
わたしは恐る恐る咲月に視線を向ける。
「咲月、まさか……」
「――ええ。ソウシハギの肝を哲也君に食べさせて、外に出す。解毒薬はこっちで用意する。そうすれば、哲也君は絶対に帰ってくる。警察に寄り道してる暇はない」
「…………」
「大丈夫。典ちゃんは、お姉ちゃんのお願いなら何でも聞いてくれる。小さい頃からそう。見てればわかる」
「…………」
「多分、典ちゃんは今でも変わらない。ちょっとお願いすれば自宅から解毒薬くらい持ってきてくれると思うし、少しゴネたり疑われたとしても、『ありがとお兄ちゃん♪』って言ってちゅーすればイチコロよ?」
(典ちゃん、そんな人だったの……!?)
てゆーか……
「ヤだよ!!」
思わずベッドから立ち上がったわたしを不思議そうに見つめる咲月。
「イヤって……どうして?キスなら今朝哲也君と済ませたから、もういいでしょう?」
「見てたの!?!?」
「……ごめん。つい……だって、起こそうと思って見たらドアの隙間開いてて……」
「~~~~!」
「わ、わざとじゃないのよ!?てゆーか、お姉ちゃんそういうの散々オープンだったくせに、なんで今になって照れてるの!?」
(っていうか、そういう問題じゃないよね!?色々と!)
「今日のは哲也君との初めてだったのに~!」
「お姉ちゃん、あれだけベタベタしておいて、ほんと今更よ?見せつけられるこっちの身にもなってよね?」
呆れたようにため息を吐く咲月。その正論がぐさぐさと刺さる。
わたしは、せめて一矢報いようと咲月に抗議の目を向けた。
「そんなに言うなら、咲月もすればいいじゃん……」
「……私は、別に……」
「ほんとに~?」
「う……」
「いいもん。咲月もしたくなるように、これからも見せつけてやる」
「もう、好きにすれば?しつこくし過ぎて哲也君に嫌われても知らないよ?」
「うう……」
顔を真っ赤にして言い返せないわたしに、咲月は諭すように口を開く。
「……それより、お姉ちゃん。まさか、何の対策も無しに哲也君の言うこと聞いてあげるつもりじゃないでしょうね?」
「…………」
「――甘すぎ。甘やかしすぎ。そんなんじゃ、いつか哲也君溶けてなくなるわよ?」
(な、なんか今日の咲月こわくない?いつもの咲月じゃないみたい……)
わたしはその徹底した姿勢に疑問を抱きつつも、なんとかしようと口を開く。
「でも、流石に今回の作戦はやり過ぎだよ……」
「そうでもしないと、哲也君が逃げちゃうよ?」
「う……」
「私達、捕まっちゃうよ?そしたら、もう哲也君に会えない。幸せになれない……」
「そ、それでも……イヤだよ……」
わたしは、ため息を吐く咲月の肩を掴んだ。
「それでも!哲也君に毒を盛るなんて!絶対にイヤ!」
「…………」
「そんなの!全然幸せじゃない!」
「…………」
「咲月、どうして……?どうしてそこまで……」
「…………」
泣きそうになるのを堪えながら、返事を待つ。机の上の時計の音がカチコチと、やたらうるさい。
思いつめたようにしていた咲月は、しばらくすると、ゆっくりと話し出した。
「――お姉ちゃん。私は、今度こそお姉ちゃんの望みを叶えたいの。小さい頃、お姉ちゃんが手に入れられなかった沢山のものの代わりに、今度こそ……」
「――っ!」
(咲月……ひょっとして、ずっとそれを気にかけて……?)
「……だから、哲也君の監禁を提案したの?」
わたしの問いに、咲月はゆっくりと首を縦に振った。
「お姉ちゃんの全てを賭けても欲しいもの……もう、哲也君しか残っていないでしょ?」
「…………」
悲しそうな、咲月の目。寂しくて、悔しそうで、やさしい目……
わたしはできるかぎり強く、つよくつよく咲月を抱きしめた。
「ごめんね、咲月。わたし、本当にダメなおねえちゃんだ……」
「そん、な――」
驚きに目を丸くする咲月に、わたしはしっかりとした口調で言い放つ。
「もう、そんな無茶しなくていい。こんなおねえちゃん想いな咲月がいてくれるだけで、わたしは幸せだって、もっと早くに気づくべきだった」
「…………」
「だから、後はわたしに任せて?」
「え……?」
「――欲しいものは、自分で手に入れる」
「…………」
「哲也君とは、わたしが決着をつける。だから、絶対に毒なんて盛らないで」
「お姉ちゃん……」
「咲月だって、ほんとはそんなこと、したくないでしょう?」
「――っ!」
(もう、弱くて我儘な、咲月に頼りきりなわたしじゃダメだ……)
わたしは、決意した。
――今晩、わたしは哲也君に告白する。
そして、ほっとしたような表情を浮かべる咲月に向き直って笑いかけた。できるだけ、頼もしい感じで。
「だから、おねえちゃんに任せなさい!わたしたちの欲しいものは、必ず手に入れてみせる……!今回は覗いてもいいから、咲月も、扉の外から見守ってくれる?」
「――うん……!」
「あと!わたしは哲也君以外とはぜーったいにキスしませんから!肝に銘じておくこと!!」
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