第26話 再会


「ただいま~」

「――っ!」


 その声を聞いて、俺は即座にダッシュする。

 足元の鎖がジャラジャラとうるさいし絡まりそうになるが、そんなことはどうでもいい。


「咲夜っ――!!」


「ふふ。ただいま、哲也君。わたしがいなくて寂しかっ――!?」


 俺は、咲夜の言葉を最後まで聞かずに、抱き締めた。


「おかえり!おかえり……!」

「て、哲也君!?く、くるしい……」


「よかった!ほんとうに、よかった……」

「――あ。ちょ、そんなぎゅってされたら……は、恥ずかしいよ……」


「お姉ちゃん、それ今更じゃない?」


 くすくすと笑う咲月の声で、ハッと我に返る。


「す、すまん!けど、どうしても――」


「「――どうしても?」」


 興味深そうに続きを待つ双子に、俺は言葉を濁した。


「……なんでも、ない……帰ってきてくれてよかった。ただ、それだけ……」


「「それだけ~?」」


 不満そうなふたりに、俺は言葉を付け加える。


「元気になってくれて、よかったよ」


 俺がそう言うと、今度は咲夜が抱き着いてきた。


「ふふ……やっぱりキミは優しいなぁ。そういうとこ、変わってないね?」

「え?あ、ああ……」


 この元気のいいふかふかな感触も、ずいぶんと久しぶりな気がする。

 戸惑う俺に、咲夜はゆったりと微笑んだ。


「――思い出したんだってね?咲月から聞いたよ。身体は大丈夫だった?ショック死してない?」

「死んでたら、今ここにいないだろ?」

「そっか。ならいいんだ……」


 目を細める咲夜に向かって、俺は頭を下げた。


「すまん!その……あんな大事な思い出を忘れてたなんて……俺は、ほんとにバカだった!本当にごめん!」

「えっ……」


 まさかの展開に動揺する咲夜をよそに、俺は言葉を続ける。


「俺にとっても、咲夜と――天ちゃんと一緒にいた時間は大切なものだった。楽しかったし、思い出せて、本当に良かったと思ってる……」


 そこまで言って、俺は続きを言い淀む。本当は、思い出したのは楽しいものばかりじゃなかったからだ。

 それは勿論、俺が『生き開き』にされたというのもあるが、俺にとっては、『発作で苦しむ咲夜の顔を傍で見ていた記憶』をきっかけにして思い出したということが、胸の奥に突っかかって、どうしようもなかった。

 そんな俺の様子に気がついたのか、咲夜は短く笑って、抱き着く腕に力を込める。


「キミがそう言ってくれるなら、嬉しい。とっても。これ以上は、いらないってくらいに……」


「咲夜……」


 その言葉が、俺を見上げるあたたかい表情が、腕に籠るやさしい力が、すべてを許すといっていた。


(ほんとに、こういう時は子どもに見えないから……)


「――ありがとう」


 俺は短く呟いた。それだけで、わかってくれる。咲夜はそういう奴だった。

 俺の言葉に『いいよ』と言って咲くような笑顔を返した咲夜に、俺は思い出したようにつけ加える。


「また会えて嬉しいよ――天ちゃん」

「――っ!」


 急に身を離し、真っ赤になって慌てる咲夜。何を言い出すかと思えば、咲月の影に隠れるようにして抗議してきた。


「そ、それを言うのは反則だよ!」

「え?そんなにイヤだったか?天ちゃん呼びが……?」

「~~~~っ!!」


 見たことも無いような咲夜の表情に『やってしまった感』が拭えない俺だったが、可笑しそうに笑う咲月の顔を見て、問題なかったようだと安堵する。

 咲月は、そんな咲夜の背中を押し出すようにしてリビングに向かった。


「さ、お姉ちゃんは一応病み上がりなんだから。それくらいにして、ベッドで休んでね?」


「は~い。――あ。哲也君も一緒に……」

「いや、それは遠慮する」

「なんで?」

「なんでも」

「さみしい……」


(こいつ、『さみしい』って言えばなんとかなると思ってないか?)


 だが、たとえそうだとわかっていても、昨日咲夜がいないことでどうしようもない不安を覚えた今日の俺は、とことん甘かった。


「――わかった。大人しく寝るっていうなら、心臓くらいは貸す……それでいいか?」

「わーい!添い寝だ添い寝~」


 咲夜に手を引かれて部屋へと向かう俺の背に、朝とは別人みたいに晴れ晴れとした咲月の声が掛けられる。


「ふたりとも、夕飯のリクエストはー?」

「…………」


 特に思い至るものがなく、黙って考えている俺を見て、咲夜は元気な声を出す。


「じゃあ、咲月のおまかせコースで!」

「ふふ、何よそれ」


 咲月は楽しそうに笑い、買い物へと出かけて行った。

 俺は咲夜とふたり、ベッドに寝転がって左腕を広げる。


「――ほら」

「ふふ……」


 これ以上ないくらい嬉しそうに咲夜は左胸に耳を当てた。

 ふんわりと密着した身体からは、ほのかに消毒液のような香りがする。


「…………」


(久しぶりだと、クるものがあるな……)


 慣れてきたつもりだったのに、こうも近いと不覚にもドキドキとしてしまう。しかし、このドキドキは嫌いではなかった。

 俺が言いようのない感情にドギマギとしていると、咲夜は閉じていた瞼を薄っすらと開いて呟く。


「ねぇ、哲也君……」

「――ん?」

「いっこだけ、お願いしたらダメかな?」

「なんだ?」


 普段なら俺の了承も得ずにぐいぐい来るくせに、めずらしく殊勝だ。その姿勢に首を傾げていると、咲夜は胸元に頬を寄せてきた。


「……さっきの『ぎゅっ』てやつ、もう一回して……?」

「え――」


 うっとりと目を細めるその表情に、そこはかとない色気を感じて怖気づく。そんな俺に、咲夜は上目遣いで追い打ちをかけた。


「……ダメ?」

「…………」


(はぁ……今日の俺はもうダメだ……抵抗する理由が見つからない……)


 俺は観念したようにため息を吐いて、言われた通りにぎゅっとした。


「――!」


 想定外だったのか、驚いて身を強張らせる咲夜。身体にかかる圧が次第に重みを増していく。


「心臓の音を聴きたいなら、これじゃダメか?上は重いんだ……」


 俺は咲夜をぎゅっとしたまま、体勢をぐるりと横向きにした。咲夜と向かい合うようにして、抱き合ったままベッドに寝そべる。

 実際には、上に乗られても咲夜はそこまで重くない。だが、今日はあれ以上上から圧を掛けられるのはよろしくなかった。そう思って横向きになったのだが――


 まさかの失策。

 これはこれで、クるものがあった――


(自分でしておいて、想定外の破壊力……咲夜のやつは相変わらずどこもかしこも柔らかいし、心なしか前より控えめにすり寄ってくるところがまた……)


「…………」


 顔を見られないように、俺が咲夜の頭を胸元に押し付けていると、不意にくすくすという笑い声が聞こえる。


「ふふ……なんだか、懐かしいね?」

「――え?」

「覚えてない?小さい頃も、こうやって病院のベッドで一緒に布団をかぶってたよね?」

(――!)

「ああ……!看護師さんに見つからないように、お互いの病室に潜りあったっけ?」

「そう、そう!」


 俺の胸元に顔をうずめたまま笑う咲夜。笑うたびに楽しげな息が零れてくすぐったい。 だが、これもどこか懐かしいような気がする。

 それから俺達は『あの日』の思い出話に花を咲かせた。

 注射が怖くなくなるおまじないの話、一緒に覚えた魔法の呪文に、モンスターが沢山でてくるゲームの話(咲夜はやっぱり400以上言えた)。お見舞いで貰うと嬉しいお菓子ランキングに、そして、中庭で出会ったときのこと……


 これまでの遅れを取り戻すかのように時間を忘れて話していると、いつしか俺達は眠りについていた。

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