第16話 【愛の檻】――檻と鍵


「やめろっ!咲月!どうしたんだよ!?」

「……ッ……」

「こんな自棄ヤケ起こして……!いったい何をそんなに焦ってる!?」


 俺の呼びかけに、忍び寄っていた白い手はズボンの外へと引き抜かれていった。

 そして、さっきまでの甘い雰囲気とは一変、苦々しげな表情で俺を見下ろす。


「……どうして、わかったの……」

「……その銀髪、ウィッグか何かか?遠出したのはそれを買う為……?そんなもので、咲夜になりすまそうとでも?」


 俺の問いに、咲月は激昂した。


「どうしてわかったって、聞いてるのよ!!」


 声を荒げる咲月に、俺は落ち着いた声で答える。


「そりゃあ、咲夜に俺を押さえつける力なんて無いし……咲夜は、俺が本当に嫌がることはしないから……」

「…………」

「でも、そんなの関係なしに、フツーにわかるだろ……少しの間とはいえ、毎日顔を合わせてるんだから……」

「――っ!」

「お前と咲夜はよく似てる。双子なんだ、当たり前だ。けど、中身も雰囲気も全然違う、別の人間だろ……?」

「…………」


 その返答に、咲月はしばし黙っていたかと思うと、短く息を吐いた。


「……私の負けよ……哲也君。さすがは、お姉ちゃんが惚れただけのことはあるわね……」

 ――『って、それは私もか……』


 つけ加えるように自嘲気味に笑うと、咲月はぽつぽつと語りだす。


「ごめんなさい……無理強いするような真似をして。私はね、哲也君に、どうしても『家族』になって欲しかったのよ」

「――『家族』?」

「そう。具体的には、私達が大学を卒業するまでの二年の間に、君との赤ちゃんが欲しかった」

「――っ!」


 おおよその予想はついていたが、直接聞くと思わず声が出そうになる。いや、出てしまった。


「――ッ……そ、そういうのは、もっとオブラートに包んでくれないかっ!?」

(俺には刺激が強すぎる……!)


 首がもげそうなくらいに顔を逸らしていると、咲月はくすりと笑う。その表情は、どこか寂し気に見えた。


「――だから、早めに哲也君を卒業させる必要があった。『家族』になれるなら、赤ちゃんは私のでもお姉ちゃんのでも構わない。どうしても、必要だったの……」

「…………」

「――君を、もう見失わない為に。ずっと、お姉ちゃんの……私達の、傍にいてもらう為に……」

「それ、は……」

「でも、哲也君が『家族』になってくれるなら――こんな無理はしなくていい」


 咲月はそう言って、ゆったりと微笑む。

 俺は、理解した。


 ――俺の、負けだ…………


 咲月は『私の負け』だと言ったが、そんなのは今だけ。大局を見れば些事に過ぎない。

 咲月の目的は、俺を『家族』にすること。

 だとすれば、俺を追い詰め、こんな話をした時点で俺に選択肢はなく、ここで俺が拒んだところで意味なんてない。正確には――拒む選択肢がない。

 だって、俺が『家族になる』と言わない限り、咲月はこういう手段に出る……今日は、そのことを身をもって示しに来たのだ。


 監禁されている限り、いつかは俺にも限界が来る。俺が咲月に手を出さないようにする為には、ここで平穏に過ごしたければ……


『家族になる』と約束する以外の選択肢が、無い――


「くっ……咲月、卑怯だぞ……」

「――ふふ、何を言ってるの?私は監禁犯よ?そんなの、とっくにわかりきってたことじゃない……?」


 目を細め、自嘲気味に笑う咲月。

(目的の為なら、あらゆるものを捨てようっていうのか……)


「哲也君の適応力が高いのか、それとも只のおマヌケなのかはわからないけど、忘れて貰っちゃ困るわね?ここは君を捕らえる【愛の檻】――檻が私で、鍵はお姉ちゃん。檻である私の目が黒いうちは、君をここから逃がさない――」

「…………」


 その表情が語る、咲月の意思は固い。だが、ここが【愛の檻】だと言うのなら、抜け道が無いわけではない。

 俺は確かめるようにゆっくりと口を開く。


「……咲夜は、知ってるのか?」

「……ッ……」


 一瞬。咲月の表情が変わったのを、俺は見逃さなかった。


(やっぱりな……)


「こんな、自分を人質にして俺に言うことを聞かせようとするなんて……仮にも俺のことが好きで、妹想いの咲夜が、許すわけがない」

「…………」

「咲夜は、『幸せに暮らす』と言った。『俺の嫌がることはしない』とも。こんな真似して、それで俺を手に入れて、咲夜が喜ぶとでも思ったのか?」

「――っ!」


(ここまで来たら、もう目を背けるわけにはいかない……咲月が勇気を出したんだ。俺も、いつまでも日和ひよっている場合じゃないよな……)


 俺は深呼吸をし、今一度ゆっくりと口を開く。


「聞かせてくれ、咲月。そこまでして俺を手に入れようとする理由は何だ?どうして、俺でなきゃダメなんだ?」

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