44.クラスメイト
次の授業が体育だった俺は、早めに昼食を切り上げて教室に戻ってきていた。ロッカーに使っていない体育着を入れておいてよかったと思う。鍵も持ってない俺が家に帰ってこっそり取りに行くなんて至難の技だ。着替えを持って更衣室に行こうと教室を出ようとすると、偶然入ろうとしていたらしい人物にぶち当たった。
「わっ!悪い…って神白?」
俺の姿を見て驚いた顔を向ける彼は田噛だ。体育祭以来、挨拶をしてくれるようになった。しょっちゅう話すわけではないが、時折目が合うと声をかけてくれる。その内容の大半が陸上部の勧誘なのは、あまり嬉しくないのだけど。
そういえば今日登校してから見ていなかった。色々と頭がいっぱいで気がついていなかったが、彼はたった今登校してきたらしく肩からカバンを下げている。
「あれ、なんかすげー久しぶりじゃね?そういやずっと休んでたよな」
気さくな彼らしく、大して仲がいいわけでもないのににこにこしながら肩に手を乗せてくる。
「まあちょっと、具合が悪くて」
「確かに顔色良くない気も…でもお前普段から色白だしなぁ」
顔をぐっと寄せて観察してくるものだから思わず半歩下がってしまった。基本的に人とのスキンシップは苦手な方だ。いくら仲が良くなっても親しく肩を組むようなことは極力遠慮したいと思うし、おそらく人と接触することに慣れていないのだと思う。だから距離が近くなるだけで反射的に逃げ腰になってしまう。
「田噛。次体育。早く着替えないと」
「おお!そっか。おっけー」
体育の言葉を聞いた途端に目を輝かせるとバタバタとロッカーからジャージを引っ張り出してきた。何と無く勝手に自分だけ更衣室に行くのも違う気がして、田噛のことを待っててやると、すぐに戻ってきた彼はニッと笑った。
「じゃ!レッツゴー!!」
ガバッと肩を組まれて強制的に共に更衣室へ連行される。ギョッとした俺はぐいぐいと腕をどかそうとして離れようとするが、非力な自分ではバリバリ運動部の彼には敵わない。
「ちょっ、ちょっと待って…おい!田噛!!」
俺の焦った声が聞こえているだろうにゲラゲラと笑いながら俺を拘束し続ける彼は、もはや面白がってやっているようにしか思えなかった。
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体育の時間、俺は上下ジャージを着て端っこに座っていた。今日は見学だ。
調子はいいとは言え、激しい運動ができるほど状態が万全じゃない。ちゃんと病院にも行かなかったせいで治りも遅いし、下手なことはしたくなかった。先生は俺の歩き方がおかしいことにすぐに気が付いてくれ、仮病だろなんて疑いをかけられることもなくホッとする。「階段から落ちました」の一言で納得してくれてよかった。どこを怪我しているのか見せろなんて言われたら困るからな。
田噛はなぜか俺が見学なのをひどく残念そうにしていた。どうやら俺と一緒に走りたかったらしい。でも今日の授業ってサッカーなんだけど。俺が授業に出ていたとしても競い合って走る場面なんてなかっただろう。
田噛のことは置いておいて、その時もなんだか花宮の様子がおかしかった。変というより、やたら俺のことを気遣ってくれる。怪我をしていることも知っているみたいだし、移動する場面になると必ず寄ってきて肩を貸そうかと提案してくれたりするのだ。今の俺の様子を見てもそんなに重傷には映らないはずなのに、花宮は俺がどんな怪我を負っていたのかまるで知っているように見える。
これはより一層弟が彼に何を言ったのか気になってきた。まさか自分が手を出したとは言っていないだろうが、それにしても花宮が俺に向ける同情的な視線の意味が分からない。そのことを不気味に感じながらも、その優しい対応が少しだけ嬉しくもあった。今まで話したことはなかったけど、花宮はすごくいいやつだと俺は今日の短時間でそう思ってしまう。
友達にはなれなくても、クラスメイトとしていい関係でいられたらいいなと思うくらいには。
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