37.大切な人
目を覚ましてからも俺は、少しの間しっかりと休ませてもらうことになった。
本当は次の日から学校には行きたかったのだが、塚本くんが頑として譲らなかったのだ。出席日数というのは進級に関わる。日頃を真面目に過ごしていたおかげで多少休んだところで3年生になれないということはないが、何かあったときのためにも余裕は持っておきたい。
そんなわけで無理やりにでも登校しようとしていたのだが、次の日になると俺の制服がなぜか見当たらなくなっていた。塚本くんに問い詰めてみれば、どこかに隠したということを一切申し訳なくもなさそうに答えてきた。家にお邪魔させてもらっている身の俺が、今身につけているのは塚本くんの部屋着。流石に他人の私服で学校に行くことはできない。
返せと言っても一切聞く耳を持たず、塚本くんは怒りに震える俺に背を向けてさっさと家を出て行った。勝手なことをされたことに勿論しばらく腹を立てていたが、塚本くんが出て行った後この広い家に一人きり。静かな空間でじっと留守番をしているうちに自然と頭は冷えてくる。
よくよく考えればなんて身勝手な怒りだろう。家に置いてもらって何日も看病してもらって、こんなにも心配してきっと俺以上に俺の体を気遣ってくれている。塚本くんがあんな強硬手段に出たのも、俺が無理をしてでも学校に行こうとすると分かっていたからだ。そしてそれを止めるためには強引なことをせざるを得ないということも。塚本くんだってあんなことがしたかったわけじゃない。結果的に俺がさせてしまったのだと思うとなんとも申し訳ない気持ちが湧き上がってきた。
居ても立ってもいられずとにかく謝ろうと携帯を手に持ち、開いた画面を目にして真っ青になった。
驚くほどの数の着信履歴。思わず手から取り落とすところだった。一体全体あの弟は俺に何の用だって言うのか。この着信履歴の山は帰ってこない俺に対する心配というよりも、早く帰ってこないとどうなるかわからないぞという脅しのように感じる。
俺は見なかったふりをするようにロックを解除すると、その履歴の山を全て消した。消す必要がないのは分かっている。ただ恐ろしくて、この事実そのものをなかったことにしてしまいたいだけだ。
そうして本来の目的の塚本くんに連絡しようとして、今度は衝撃に事実に硬直する。
…俺は未だに塚本くんの連絡先を知らない。
もうこれで困るのが何回目だかわからない。家まで泊めてもらってる仲なのに俺たち連絡先も知らないの?そういえば名前もお互い知ったばかりだし、俺たちは深いんだか浅いんだかよくわからない関係だ。
使い物にならない携帯をソファに投げ頭を切り替えた俺は、とりあえず部屋の掃除でもすることにした。謝罪は彼が家に帰ってきたらすぐに言うことにしよう。
別に塚本くんに頼まれたわけじゃないが、お世話になっているお礼も兼ねて家にお邪魔している間は家事全般をやらせてもらうことにしたのだ。彼は使用人がくるからその人に任せておけばいいと言ったのだが、そればっかりはお断りさせてもらった。とにかく彼に何かを返したいという気持ちもあったが、何より使用人とやらと2人きりにされるのが些か気まずい。
ごく普通の一般家庭で育った俺にとって、家事は自分たちでやるものという認識だ。目の前で他人にやってもらって、自分は何もせず踏ん反り返ってるだなんて申し訳なくて仕方がない。それが彼らの仕事だと言われても、俺の気が休まらないし絶対に精神的に疲れると思う。
塚本くんはそんな俺の言い分をさも不思議そうに聞いていた。この金持ちの坊ちゃんめ。まるで俺がおかしいみたいな顔をするな。
そんなこんなで今朝も弁当を作ってやったら、それはそれは嬉しそうな顔をしていたのでやっぱりやって良かったと思う。その道のプロの代わりに家事を担当するんだからしっかりやらないとな。せっかくだから部屋もピカピカに綺麗にしといてやろう。普段は面倒だと思うことも、塚本くんの喜ぶ顔を思えばさほど面倒にも感じなかった。
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