幕間.呼び方
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
寝る前のひと時。
俺が今日まで占領していたベッドはどうやら客室のベッドだったようで、塚本くんの睡眠の邪魔にはなっていなかったようだ。こいつに使用人以外の来客なんて来ることがあるように思えないが、そのおかげで彼をソファか何かに寝かせる羽目になっていなかったことにはホッとした。その事実を知った俺は心置き無く有り難く、このベッドで今晩も寝かせてもらおうと思ったのだが。
「俺も今日はここで寝ていいですか?」
ベッドに腰掛けた俺に、塚本くんはおかしな一言をかけてくる。
あとはもう寝るだけだという状態だったためぼんやりしていた俺は、その言葉を理解するのにしばらくかかった。
「…は?」
「俺も今日…」
「いやなんで?つーかどこで寝んの?」
「布団があるのでここの床で」
そんなことを言いながら部屋の収納からもうすでに布団を引っ張り出し始めている。
「ちょっと待て待て!だからなんでここで寝る必要があるんだよ!?」
動揺しきった俺の声はガン無視して、宣言通りベッドの横に布団を敷いていく。マジで何してんだこいつ。
というかもしかして、俺が寝込んでいる間もここで寝ていたんじゃないだろうな。
「電気消していいですか」
「…いいですけど」
俺が混乱しているうちにあっという間に彼の寝る準備は完了してしまった。
どうやら全く俺の話に聞く耳は持たなさそうなので、俺から言うことはもう特にない。相変わらずの頑固人間め。
「おやすみ塚本くん」
真っ暗になった部屋でぼそっとつぶやく。返事が返ってこないことを不思議に思い、彼の寝ている方へ寝返りを打つ。そんな電気を消した一瞬で眠りについたのだろうか。
「名前せっかく教えたのに呼んでくれないんですか」
予想外の言葉に身体を起こして彼の方を覗き込むと、彼はそっぽを向いていた。こちらを一切見ようとしていない。
これは、もしやいじけている意思表示だったりするのか?
「今更呼び方変える必要あんの?『塚本くん』が俺にとっては定着してるしなぁ」
人の呼び方なんてどうでもよくないだろうか。それを言うなら彼だって俺のことは「先輩」呼びだし。今更呼び方を変えるというのも慣れなくて気恥ずかしいと言うのもある。
しばしの沈黙の後、ぼそぼそと返事が返ってきた。
「その苗字に君付けってなんか、遠くないですか。距離っていうか…。別に先輩がそれがいいならいいですけど」
そんなことを気にするような男だったとは心底驚きだ。どこの面倒臭い彼女だよ。正直俺としては名前の呼び方一つで距離感だなんだと言われても、全くどうでもいいことなんだが。
背を向けた彼の態度は少し珍しい。こうやって一緒にいると時々、彼は俺よりもずっと感情的で、面倒臭い人間なんだなぁと思う。いつもスカしている彼のこんな一面を知るとからかいたくなるのは、俺が意地悪な人間だからだろうか。
「はいはい、おやすみ正人」
塚本くんに背を向けて寝直してから、そう呟いた。
そう言った途端バサっと何やら布団が剥がれた音がしたが、俺は素知らぬ顔で目を瞑る。しばらく硬直しているような静けさの後、ごそごそと再度布団の中に潜り込む音が聞こえた。彼の表情を想像して俺は顔がにやけるのを抑えるのに必死だった。
そうして意識が闇に沈む寸前。
「おやすみなさい、晴吾さん」
小さな返事が聞こえた気がした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
勿論そんな寝る前のやりとりなど起きた俺が覚えているはずもなく。
「はよー塚本くん」
あくび混じりの朝の挨拶の後、塚本くんが若干不機嫌になっていた理由が俺には全くわからず、塚本くんも全然教えてくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます