16.走る
もともと走ることは嫌いじゃない。
たまらなくむしゃくしゃした時。どうしようもない苛立ちに襲われた時。何もかもを放って無心に全力で走る。しんどくて、きつくて。そればかりが頭を占めて悩みの居場所を無理やりなくす。そんな強引なやり方でストレスを発散していたこともあった。
俺はバトンを受け取ると、そのストレス発散の時のようにただただ一心不乱に走った。何も考えない。考える余裕などなくなるくらい全力で。苦しくてたまらないくらいの限界の力で。
ぐんぐんと遠かった背中が近づいてくる。
抜かせ。抜かせ。追い越せ。
リレーなんてくだらない。走りで勝ったところでなんになるんだ。そんなことを言っていた俺自身が嘘のように、いまはひたすら勝ちにこだわっている。
負けるなんて冗談じゃない。今までずっと平穏に「それなり」を通して生きていこうとしてきた俺の信念を、無理やり捻じ曲げてこんなことまでしてるんだ。それで負けるなんて認められない。
それに、一度くらい見せたっていいだろ。先輩らしい姿とか。らしくはないけどさ。
あんなにも距離があったはずなのに、俺はだれかと並んで走っていた。そうして抜かすことはできないまま、次のやつにバトンを渡す。せっかくなら一人くらい抜きたかったが。
だけどそんな俺の悔しさを拭ってくれるように、バトンを渡したクラスメイトは距離を詰めた彼らのことをどんどん抜かしていく。そういえば彼はクラスでも一番早いやつだったんだっけ。
滝のような汗を流し、フラフラとしながら座り込む。急に運動とかするもんじゃないな。こんな頑張る予定なんてなかったから準備運動も大してしていない。しばらくは筋肉痛に悩まされるであろう未来が見える。
ゼーゼーと荒い息を繰り返す俺に、すでに走り終わったクラスメイトが寄って来て、何やら言っているがよく聞こえなかった。とにかく呼吸を整えようと適当に相槌を打っていると、突然引っ張り起こされる。
見たことのあるクラスメイト。それくらいの認識のやつが満面の笑みで俺に叫ぶ。
「おい!一位だぜ!!」
「……え」
「ぼーっとしてんなよ!お前のおかげだって!!」
突然のことに呆然としてしまう。そんな俺の背中をまた別のクラスメイトが叩いてきて、やっと周りの歓声が耳に入る。
「一位…?まじ?」
反対レーンの奴らも走ってきて全員が笑顔で優勝に喜ぶ。俺は最初はその状態にあっけに取られて素直に喜べなかった。だけどその光景を眺めているうちにだんだん実感が湧いてくる。じわじわとだんだん喜びが這い上がってくる。
「は……はは、まじか…なんだこれ、…すげー嬉しいじゃん」
自然と笑みがこぼれてしまった。ただただ素直に嬉しい。いまの感情はそれだけで、俺は初めてクラスメイトたちと心の底から笑いあっていた。
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