7.新しい日常


それからも塚本くんは放課後、旧視聴覚室へやってきた。最初に決めた約束事はしっかり守って映画の間は一言も喋らず、終わった後はちょっとした世間話をして校門で解散する。世間話といっても本当にちょっとだけ言葉を交わすくらいのもの。そんな毎日は続いて、それが俺たちの「日常」へと変化してきていた。最初こそ一人の至福の時間を邪魔されることに冗談じゃないと思っていたが、塚本くんの存在はそう煩わしいものでもない。下手に踏み込んだ話もしてこないし、一緒にいて嫌な気分になることがなかった。天然過ぎる彼との会話はなかなかに面白いし。


塚本くんとは大分仲良くなったが、学校内で会うことは放課後以外ほとんどなかった。学年は違うが、学食などで遭遇することがあってもいいと思っていたが、案外そんな偶然は起こらなかった。一度だけ、彼が体育をしている姿を窓から見かけた時はある。見目麗しい美少年は体育着も上手に着こなす。周りにいる人たちに埋もれることなくやはり飛び抜けて目立って見えるよなぁ、なんて感心していたら、バッチリと目があってしまった。塚本くんはただじっと見上げてくる。試合中だというのに俺に視線を取られ、固まったまま。だから「がんばれ」と口パクで伝えてやれば、見てわかるほどにやる気を爆発させて走って行った。こっちは真面目な数学の小テスト。それはもう静かな空間で、笑いをこらえるのがきつかった。塚本くんは素直で可愛い後輩だ。


だがそんな塚本くんにも悪いことろはある。それは、知っているものに関してはすぐにネタバレしてくるところだ。一週間ほど前のこと。俺が見ようとしていた映画を珍しく塚本くんは見たことがあったようで、他のが見たいなんてわがままを言い始めた。俺としては初めて見るものだし、無理やり再生を強行しようとしたのだが。


「それ、犯人はチャールズです。というわけで他の見ましょう」


推理モノのネタバラシをする奴は最低だと思う。彼の発言にしばしあっけにとられた後、俺の怒りが爆発した。その日俺たちは初めて喧嘩をした。悪いのは全面的にあっちなのに彼は持ち前の頑固さで、何を言っても納得しない。結局年上の俺が折れる羽目になった。表情とか普段の態度からは大人びた印象を受けるのに、意地になるとかなり子供っぽい時があるんだよな。その日は教室に置きっ放しにしていたDVDを適当に引っ張り出して見ることにした。俺は結構苛立っていたのだが、横目で見た顔は先ほどまでの言い争いなど嘘のようにキラキラした目をしている。そんな姿を見てしまうとなんとなく怒っていた熱も冷めてきて。まあいいかとあっさり許してしまった。

それに帰る間際になってボソボソと謝罪の言葉を並べてくれたので、やっぱり素直でいい子だと思う。


こんな毎日は結構楽しい。


うん、俺は楽しんでいる。一日に笑う量が増えた。1日を思い返すことが増えた。明日を迎えるのがそんなに嫌じゃない。家やクラスの一人ぼっちの孤独さに、思い苦しくなることが少なくなった。


塚本くんと会えたことは俺にとって幸運なのかもしれない。

この日々が、続いて欲しい。いつかなくなるものだとは分かっていても、できるだけ長く。


どうか。

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