6.不器用な手当て


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保健室には先生が偶然居なかった。そのくせ不用心に鍵は開いている。

勝手に入って家で作った怪我に使わせてもらうのもなんだし、じゃあ帰ろうと提案したが、今度は「俺がやります」と一蹴される。そんなにひどい顔なのかと保健室の鏡を覗き込んで見れば、成る程これはひどい。朝家を出る前に見た時よりも青黒くなっている気がする。正直見ていられない醜さだ。確かにこんな顔した奴がいたら放置するのは難しいかもしれない。


汚い顔だな。


ぼそりと呟くと、自分で言ったのに傷ついた。なんだか物事がどんどん悪い方向に流れていく。さっきまで楽しかったのに急に気分がどん底に落ちる。塚本くんが保健室に行こうなんて言い出さなきゃ、俺もこの怪我のことを忘れていたのに。


「先輩」


彼の言葉にはっとした。奈落へと落下していくような感覚から引き戻される。


「これ、湿布ありました」


「半分に切ってよ。でかすぎ」


俺のほっぺたをはるかにはみ出す大きさ。見て明らかなのに、そのまま粘着部分のシートを剥がそうとするから慌てて指摘した。はさみを持ってはもたもたと切り始める。たしかに湿布は切りにくいけど、見ていられないほどに下手くそだ。まるで切ったことないみたいに。そういえば坊ちゃんとか言ってたし、金持ちは湿布なんて自分じゃ貼らないのかな。俺がやると言ってもよかったが、若干彼に苛立っていたこともあって「塚本くんの社会勉強」として見守ることにした。


「いきます、先輩」


へっぴりごしに恐る恐る湿布を近づけてくるやつの姿は、なんともダサい。その上、自分の指にひっつく湿布に苦戦している。自分でやった方が絶対速い。やはり自分でやる、と手を出そうとしたら思い切り払われた。びっくりして固まる俺を無視して、必死な顔で湿布を貼ってくれる。なんというか、そこまで必死になるもんじゃないんだけど。ありがたさ半分呆れ半分という感じ。

皺だらけに貼られた下手くそな湿布。塚本くんは一仕事終えたみたいな顔してるけど、貼られた俺は正直不服だ。家に帰ったら貼り直そう。


「ありがと」


俺の言葉に光の速さで振り向くと、嬉しそうにきらきら目を輝かせ始める。そうして「いえ」と小さい声で呟いて俯いてしまった。

多分だけど、こいつは知らないことが多いのだと思う。金持ちな家で大事に大事に育てられ、親の価値観による余計なものからは一切シャットダウンされた狭い世界で生きてきた。だからこそ俺たちにとって当たり前のような何気ないことを頑固にやりたがり、全力で楽しめる。この様子じゃ、お礼を言われることもあまりなかったのかもしれない。褒め言葉、賞賛の言葉にはむかつくほど言われ慣れているようだったのに。


でもそれは、少しだけ寂しい話じゃないだろうか。



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「あれ、湿布してる」


運悪く、家の前で弟と鉢合わせしてしまった。友達と立ち話でもしていたのだろう。近所のよく見る弟の同級生だが、いつからかすごくガラが悪くなっていた。真っ赤に染めた髪色と、耳にいくつか開いたピアス。関わりたくない部類の人間だ。そんな友人を置き去りにして数メートル手前で止まった俺の方へ近寄ってきた。


「つーか下手くそすぎでしょ。俺がやってあげるよ」


頰に貼られた湿布に手を伸ばされ、俺は反射的に彼の手を払っていた。パシリと乾いた音がする。行動の後に疑問が頭に浮かぶ。なぜそんなことをしたのだろう。


せっかくあいつが頑張ってくれたのを無駄にしたくなかった。


……のかもしれない。


きまりが悪くなって彼の顔も見ずに、家の中へ駆け込んだ。玄関に立ち尽くす俺にドアごしに声が聞こえてくる。


「ほんとお前の兄貴やな奴だな」


「そんなこといわないでよ。兄さんも可哀想なんだよ」


「お前は優しすぎ」


「だって兄さんの味方は俺しかいないからさ、優しくしてあげなきゃ」



まるで玄関越しに俺が聞いているのをわかっているかのようだった。彼の言葉にぞっとして、異常に恐怖心がわく。吐き気がして俺はトイレに駆け込んだ。

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