墓とコンクリート

jin-inu

第1話


 重雄は死期の迫った床の中で、日本の未来を憂いてみた。そうすることが、彼の心にある種の平穏をもたらした。

 墓、そう、墓だ。今や日本の狭い国土を覆い尽くそうとしている墓地の繁茂。まるで一晩で農道を覆い尽くす夏草のごとき勢いで。そのうち、墓地と太陽光発電に埋め尽くされた隙間に、更に小さな家を建てて慎ましく暮らさざるを得なくなる。死んだもの達が幅を利かせる国。このままではいかん。なぜこうなってしまったのか。

 家、田畑、墓。我々日本人は、代々それを守ることに最も重きを置いてきた民族だ。だがそれも、もう限界に来ているのではないか。誰かが勇気を持って、なにかよい解決策を見出すべきではないか。そうわしが。今や死期の迫ったこのわしが。

 重雄はおもむろに目を開き、畳の上の一冊のノートを引き寄せ、手にとった万年筆のキャップを外した。


 義雄は、ガラス越しに広がる灰色の街並みとビルの群れを見下ろしながら、まるで墓石のようだ、と心の中で呟いた。見渡す限りどこまでも連なる意匠を凝らした墓石の群れ。

 しかし、新築されたこの自社ビルは実際に墓石だった。先代の建てた巨大な墓石。その中で、義雄と多くの従業員たちは忙しく立ち働いていた。

 この38階建てのビルには、基礎を含め莫大な量のコンクリートが必要だった。コンクリートは、セメントに砂利や砂を混ぜ水で練ったものであり、セメントの原料は石灰石である。石灰石は数億年前の夥しい数の生物の死骸、殻、骨、サンゴなどが長い時間堆積し、固まってできたものだ。このビルを建てるのに使われたセメントは100%国産の石灰石から作られたものであり、副原料である粘土、珪石、鉄原料、重雄を加え、回転窯で1450度の高温で焼成して作られていた。

 ビルの1階、メインフロアの隅には創業者である重雄のブロンズ製の胸像が飾られていたが、このビルが重雄の墓石であり、この胸像が墓標の代わりであることを知るものはわずかであった。


 日本の首都は壊滅した。黒く巨大な何かが襲来し、口から吐き出す炎と振り回す巨大な尻尾でほとんどの建物は焼かれ、なぎ倒され、街は一夜にして瓦礫と化した。街とともに、そこに暮らす多くの人々が犠牲となった。

 瓦礫の山の中に、ぽつんと、38階建てのビルが何かが抜けてしまったかのような青空の中、何事もなかったかのような顔で立っていた。


 俊夫はすがすがしい朝の光に照らされ白く輝くビルの壁面を見上げ、思った。重雄が、重雄の魂がこのビルを守ったのかも知れないと。その魂を、自分も受け継ぐ覚悟を持たなくては。祖父や父の築き上げたこのビルは今や廃墟と化した。でも、彼らの魂まで消えてしまったわけじゃない。ざらついたビルの壁面に、俊夫はいつまでも手を当てていた。


 街のいたる所で早くも復興のつち音が聞こえ始めていた。おびただしい数の犠牲者の遺体は、緊急閣議決定により新生日本の礎となることが決まった。今の日本に必要なのは、墓地ではなく住宅であった。


 セメント工場への道へはトラックの列が続いていた。その中の一台に、判別の付かなくなった義雄の遺体も積まれていた。



 

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