草むしりヤス子

jin-inu

第1話

とても暑い日だった。

暑いけど、放っておくわけには行かなかった。

最近,めっきり足腰が弱くなったのを感じる。

足腰だけではなく、物覚えも悪くなった。

昨日のことも、あまり覚えてはいない。

そういえば、昨日も今日みたいに暑くて、でもこうやって草むしりしたっけ。

こうして同じような毎日を繰り返していると、それがいつのことだったのか、分からなくなる。

また薬飲み忘れて、と久しぶりに顔を見せた敬子に叱られたっけ。


雑草たちは容易に境界線を越えてくる。

まさに一進一退の攻防。

一日休めば、それだけ陣地を奪われる。


雑草と言う名の植物はありません、と天皇様が仰ったとなにかで聞いたが、ヤス子にとって野菜と花以外は雑草だった。


草むしり、それがヤス子に残された唯一のやるべきことだった。

おじいさんがまだ元気だったときは、一緒に畑仕事に精を出したものだが、もうそれも叶わなくなった。

一人残されたヤス子は、わが方の陣地を守ることに責任を感じていた。

おじいさんがいない今、わたしが頑張らなくては。


ヤス子の脳裏に、昔みた廃屋の姿がはっきり残っていた。

あれはおじいさんと野草摘みに行ったときだったか。

四方八方から緑色の触手の侵入を許した家。

住む者がいなくなるのを待っていたかのように、家ごと飲み込む勢いで繁茂した草木。

廃屋の前に立ち目を閉じると、子供たちの笑い声やテレビから流れる歌声のさんざめきが、まだ聞こえてくるようだった。

大事な家を捨てて、みんなどこに行ってしまったのか。

ヤス子は怒りとも恐怖ともつかない、奇妙な感情を覚えそれを打ち消そうとした。

負けちゃ、だめだ。


目に入りそうになる汗を首にかけたタオルで拭い拭い、少しずつ足場をずらしていく。

敬子が小さい頃は、よくこうして一緒に草むしりしたっけ。

昔はあの子も虫ぐらい平気だったのに。

麦茶もスイカも喜ばなくなった。

すっかり町の大人になっちまって。

ヤス子は軽侮ともあきらめともつかない、奇妙な感情を覚えそれを打ち消そうとした。

負けちゃ、だめだ。


あいたたた。

みしみしを音を立てそうな腰をなんとか伸ばし、ヤス子は立ち上がる。

きれいになった庭の一角を見下ろし、今日の働きを確かめ自分をねぎらう。

さてと、顔を家の方へ向け足を踏み出したところでヤス子の意識は途切れる。

田舎の家の庭の片隅で、小さなヤス子の身体を緑色の掛け物が覆っていく。

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