自殺幇助

プラのペンギン

自殺幇助

「ねえ、私自殺したいんだけど、手伝ってよ」

全てはこの言葉から始まったんだ。彼女は美しかった。何人ものも男たちが告白しては断られるシーンを幾度となく見てきた。彼女が僕を選んだのは僕がそれなりに頭が良くて、他者との関わりが少なくて、口が硬そうで、彼女からの願いを断ることはできないとわかっていたからだ。

彼女は続けて言った。

「私ね、今までいっぱいコクられてきたでしょう? で、それを全部断ったの。正直タイプの人もいたよ。でも断ったの。なんでかわかる? 自殺したいからだよ」

意味がわからなかった。僕には全く理解できなかった。多分、他の多くの人も理解することはできなかったと思う。僕はその願いを受け入れてしまった。断れるわけがなかった。僕自身、彼女は憧れの人であったし、死んでほしくはなかった。だから僕は何度も彼女と話して、何度も説得した。でも彼女は全然考え直すことはなかっった。彼女は度々、こんなことを言っていた。

「世の中さ、見た目と勝手な妄想で人を判断する人が多すぎるんだよね。例えばさ、アイドルを神格化してさ、〇〇ちゃんは彼氏なんていないだとか、あいつは髪も染めてピアスが開いてるから危なくて近づくべきじゃないだとか。おかしいじゃん。誰だって恋愛はしたいし、誰だっておしゃれしたいでしょ。髪染めてピアス開いてるやつっていうのは私の友達のことなんだけどね」

きっと、あの人だろう。学年にいるんだ。プリン頭のピアス開けてる女子が。あまり知られていないが、その女子は割と賢い。その人を馬鹿にする人たちに比べたらべらぼうに頭がいいんだ。

「私が自殺したいなんて思ってるはずがないって、君も思ってるでしょ? 私、みんなに処女だと思われてるんだよね」

僕は「えっ」と思った。僕もみんなに含まれていた。それだけだ。

こんなことを言われて、まあ確かに僕らは人を勝手な妄想で判断しているなと思った。この時は動揺を隠すことができなくて、ちょっと呆然としてたと思う。とんだアホ面を晒してたんだと思う。なぜなら彼女が笑ったからだ。僕にはそれが随分眩しかった。今でもよく覚えている。

「私がいつ処女捨てたか気になってるでしょ。わかるよ。私にはわかる。だって男ってそういうものだもんね。……男に限らないかな」

まあ限らないだろう。人間、そういった話はよく食いつく。仕方のないことだ。人間の性といったものだ。

正直、僕はこの時点で諦めていた。彼女が考え直すことはないんだろうって思った。だから、僕はもう仕方なかった。もう、後戻りはできなかった。彼女と連絡先を交換してメールでやり取りしながら計画を立てた。もしバレたら、僕は自殺幇助で捕まるのだろうかとか、そうでなくとももう学校の人たちや家族とも顔を合わせられなくなるんじゃなかろうか、とか考えながらもそれが無いように、緻密に計画したんだ。

彼女と面と向かって話すことはあまりなかったけれど、数少ない会って話す機会のときに、僕は彼女に、それはそれは童貞臭いことを言ったんだ。仕方ないよ。童貞だったんだから。

「どうせ死ぬんだったらセックスさせろ?ははは、君やっぱ童貞臭いよ。いいよしようよ。ちょうど私も寂しかったんだよね」

彼女は笑いながら言ったんだ。それから予定を合わせて、なるべく証拠の残らないところですることにした。ホテルはバレるし、満喫も危ないし、家なんてもってのほかだった。結局、隣町の森に行った。現地集合して、森の中でしたんだ。僕はコンドームを持っていったんだけど、彼女はそれを見ながら言ったんだ。

「どうせ死ぬんだから生でしようよ。私ゴムつけてするの嫌いなんだよね。気持ちよさは全然わからないから大して変わらないんだけど、充足感がちがうんだよね」

どうやら、そうとうやっているらしい。僕は裏切られた感じがして、なんとも言えないモヤモヤを胸に抱えていた。でもそこで彼女の言ったことを思い出したんだ。人は他者を勝手な妄想で判断する。わかりやすい一例だった。

そこでとうとう僕は童貞を卒業したんだ。彼女は美しかった。なめらかな体の線は僕に女というものを強く意識させた。きっと彼女が自殺しなかったら、いい旦那を得て幸せな家庭を築くのだろうと思った。これも、勝手な妄想だ。

僕はここで一抹の不安を感じた。

「DNA残るんじゃないかって……。まあ確かに残るだろうけど。何度も言ったじゃん。世の中、見た目と勝手な妄想で判断する人が多すぎるって。誰も私がセックス中毒だなんて思わないよ」

まあ確かに、と思った。よくクラスの男子たちが、いかに彼女が純潔で、清楚でエロいかを熱く語っていた。それから僕はみんなが知らない彼女を知っているという優越感を長いこと抱えていた。

結局の所、彼女が自殺してから協力者がいるというようなことは捜査線上に上がらなかったらしい。彼女の遺書によって自殺であることが確かだとされたらしく、大した捜査は行われなかった。周りでは彼女が自殺するはずなんて無いだとか、誰かに殺されたとかそういう話で持ち切りだった。当然といえば当然だ。結局みんな勝手な妄想で決めつけているんだ。

「これから私死ぬけどさ。最後に私の写真撮ってよ。大丈夫だって、君が疑われることなんてないから。君はさ、君が思ってるほど周りから見られてないよ」

言葉にトゲがあったが写真は撮った。彼女の願いだったから。僕は彼女に逆らえるはずなんてなかった。

「私の本当の姿知ってるのは今、私と君しかいない。わがままだけど本当の私を忘れられるのはちょっと嫌なんだ。君は私のことなんて忘れて、ちゃんと幸せな人生を送りなよ」

彼女はそう言ったけれど、彼女の死に姿は今でも脳裏にこびりついては離れることはない。きっと何をするにも彼女を思い出してしまうんだろう。

本当に最後の最後。死ぬ直前に彼女は言ったんだ。

「君とのセックスは全然気持ちよくなかったよ」

僕は彼女を思い出してはその度に自分を自分で慰めたのであった。

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