秘密の共有者

「おいこら、クソガキ、どこに行こうとしてやがる」

「いや、ちょっと、アーラたちにお茶を出しに」

「んなもん、ラウルがやってる。お前はこっち」

「もう! 僕のことを話してるんだろ! じゃあ、当事者がいるべきじゃん!!」


 お手洗いに、お水を飲みにとことあるごとに理由をつけては抜け出して、アマラントらが座談をしている書斎に向かおうとするカテリーナ。しかし、それをもうわかっているのだろう悉くズールイが阻止をする。

 ぎゃんぎゃんと言って諦める気のさらさらないカテリーナにズールイはしゃーないと言わんばかりにガシガシと自分の頭を掻く。


「大人しくするなら、街に行く許可を取ってやる」


 巨体をかがめ、カテリーナの耳元でそう囁く。

 ビクッと跳ねた方は驚いたからだろうと気にせずに言葉を続ける。


「あとは、そうだな、情報とか」

「……街の人口、産業、産物は勿論、ここ数年の災害記録や収穫量とか」

「普通の10歳が強請るもんじゃねぇな」


 カテリーナから帰ってきた答えにクッと唇の端を吊り上げ、どう? と見上げるカテリーナを見る。


「中身はね」

「まぁ、2年ぐらい前に聞いてたがな」


 そう、ズールイは2年前の特別鍛錬後にカテリーナから全く別の世界の人間だった記憶があると聞いていた。正確には何故かズールイの部屋でゴロゴロしていたカテリーナにズールイが見つけた屋敷の見取り図の精密さを追求され、内密にと約束させたうえでカテリーナが吐いたものだ。最初こそ、は分からないと思って嘯いているだけだろうとも考えたが、それに目敏く気づいたカテリーナがこの世界にない知識と実用性を解説。納得できるまで語るぞというカテリーナにズールイが両手を挙げて降参したのだ。


「で、そんなもん知ってどうするんだ」

「どうするもなにも改善すること以外ある? まぁ、ゴミ捨て場とか言われてるのも腹立つのもあるけどさ。それに父上が現在まで苦戦してるっていうこともあるし、僕とか違う観点から見れば、発見もあるかもしれないじゃん。そういうのって必要だと思わねぇ?」


 頻繁にある災害なら、対策を立てるなり、被害を抑える方法を模索したり色々と試せるものはあるよとカテリーナは笑みを深める。


「……わかった。集めてやる。その代わり、今日は社債に行くなよ。わかってるな?」

「僕の知らない、僕のことを話されてるのはイラつくけど、今回は我慢するよ。折角、もらえそうな像法を逃すわけにはいかないからね」


 さて、僕はミンシュエンに稽古つけてもらおーっとそう言って、逃げてきた庭にカテリーナは向かった。残ったズールイもまためんどくさいことになったなと頭を掻き、カテリーナの後を追う。




 夜、食堂ではカテリーナ以外が集合していた。マティアスは幼いこともあってか、ラウルの隣でうとうととしている。


「マティアス、起きているのもつらいだろう。寝ても構わんぞ」

「いえ、ケイのことだから、起きてます」

「そうか、では手短めにするとしよう」


 主人でもあるアレハンドロの言葉に全員が耳を傾ける。

 カテリーナが皇帝の娘であろうこと、皇帝から後継ぎとして希望されていること。そして、それはカテリーナが成人した時の判断に委ねること。

 メルセデスをはじめ、皆驚き、困惑するもすぐにまぁ、あのだからと落ち着く。


「とりあえず、ケイには内密で頼む。あの子はこのことを聞いて変わることはないだろうと思うが、万が一のことを考えてな」


 ちなみに皇帝や魔王の姫君からは普通に接してもよいと許可も出ていると伝えるが返ってきたのは苦笑。それもまぁ、そうだろうなとアレハンドロも苦笑いを浮かべた。


「あ、あの、皇帝様なら、魔法や魔術に詳しいですよね」

「あぁ、ケイの魔法の先生でもあるらしいからな」

「では、私も教えてもらえるでしょうか。勿論、個別的にではなく、ケイと一緒にです。ただ、今はまだ覚醒自体しておりませんが知識として持っておくのもいいかなと思って」

「ふむ、そこはアマラント殿に聞いてみなければわからんな。なんであれば、ケイを通じて尋ねてみるのもいいかもしれんな」

「そうですね、そうしてみます!」


 皇帝の娘、次期皇帝候補という新たなカテリーナの肩書きにようやく少しだけ隣を歩けるような自信がついてきたというのにまた引き離れてしまいそうと感じたマティアス。だからこそ、置いていかれないようにと声を出した。


「マティアス、あまり無理をする必要はありませんよ。それに若様はだからといって突き放すようなお方ではないでしょう」

「わかってます。でも、これは私自身の問題なんです。だから、今、出来ることはやりたいんです」

「左様ですか」


 その後は今後のことを軽く話し合い解散となった。

 ただ、ズールイとアレハンドロは場所を書斎に移し、もう少しばかりカテリーナについて話す。


「街へか」

「あぁ、そういう約束を取り付けちまったからな」

「うむ、いいだろう。そろそろ連れて行ってやれねばと思っていたからな」


 抜け出し防止のために取り付けた約束の一つを話し、そうしてくれといったズールイに何を言ってるんだとばかりにアレハンドロが首を傾げる。


「「…………」」


 沈黙。


「大将、まさかと思うが」

「ケイのことは頼むぞ」

「……そういうことだよな」


 はぁと溜息を零す。また子守りと考えるが、思い返してみるとカテリーナが大きくなってからは殆ど彼女の傍に居る気がするなと苦笑いが浮かぶ。


「あ、そうだ、あと最近の災害記録と収穫量なんかあるか?」

「それもケイか」

「ああ」

「まるで大人のようだな。いや、まぁ、日頃から大人のように感じる所は多かったが」


 こちらも重要だったと話せばなぜ必要なのか簡単にアレハンドロは言い当てて見せた。それには目を逸らしたくなるが、今までのカテリーナのことを考えれば当然ともいえる。


「ズールイ」

「言っておくが、俺は何も聞いてねぇぞ」

「まぁ、お前がそう簡単に話すとは思っておるよ。第一にあの子がなんであろうが俺の娘であることは変えるつもりはない」

「そうかよ」


 好きにしてくれと投げ返し、カテリーナの欲しがってる情報の提供の可否を改めて尋ねる。


「そうだな、お前が先日話しておいた件を受けてくれるなら渡すとしよう」

「いや、それは実質降格だろ」

「よく考えてみろ、給与は変わらないし、将来的な目で視ればかなり有望だぞ」

「まぁ、下手なことはしないだろうがな」

「それにな、父親としてはズールイ、お前がケイの私用騎士団長になってくれたら俺もメルチェも一安心なのだが」

「……あー、わーったよ。やればいいんだろ、受けてやるよ」


 できなかったとカテリーナに報告し、拗ねられて面倒なことになるよりいいだろうとアレハンドロの出してきた答えに是と返事する。


「今はまだこのままでいい。あの子の成長次第と人の集まり具合を見て正式に辞令を出す。まぁ、マティアスにでもさせようと思ったんだが、ケイはお前に懐いているようだしな」

「了解。てか、マティアスでも……いや、まぁ、いい。で、情報の方は」

「近日中に必要事項をまとめて渡そう」


 約束を取り付け、ズールイは将来のことを考え、溜息を落として書斎を後にした。




 一方、部屋で色々と整理をしていたカテリーナはイケメンでイケボってズルいよなとズールイに囁かれた時のことを思い出し、呟くのだった。

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