レゾンデートル

ユウキ ヨルカ

レゾンデートル

 ワークデスクの上で、絶えず稼働音を響かせるノートパソコン。そのモニターから発せられる無機質な白い光が、カーテンの閉め切られた薄暗い室内を淡く照らし出す。

亜麻色の壁。うさぎのぬいぐるみが横たわるベッド。文庫本が敷き詰められた本棚。

そして、死人のように青白い顔をした少女。


 この部屋には、命の温度が無い。あるのは稼働音と共にパソコンから排出される人工的な熱だけ。そんな作り物たちに囲まれた私は、パソコンの前のワークチェアに浅く腰を掛け、マウスを動かしてモニター上に開いていたページを閉じると、窓の外から微かに聞こえてくる複数の声に耳を傾けた。

 声の主はおそらく私と同年代だろう。小学生か、中学生。高く澄んだあどけない少女たちの声だ。よく聞き取れないけれど、笑いながら誰かの名前を繰り返し唱えている。

 私は一度外に向けていた意識をモニターに戻し画面右下に目を向けると、現在の時刻を確認する。

 午後四時。デジタル時計が示すその時刻を見て、今がちょうど下校時間であることに気が付いた。それからしばらくして徐に椅子から立ち上がると、私は恐る恐るカーテンの隙間に指を入れ、外の様子を確認する。

 すると、ちょうど家の前の歩道を見覚えのある制服に身を包んだ二人の少女が仲良さげに並んで通り過ぎていくところだった。少女たちは、カーテンの隙間から覗き見る私の存在に気付くわけもなく、楽しげに会話を続けている。

 「……やば……よね……」

 「あれは……だった……明日も……かな」

 「……それ……先生の……」

 「まじで……でさ……」

  やがて、少女たちの姿は話声と共に遠退いていき、部屋には再び無機質な稼働音が響くだけとなった。

 「…………」

  私は何かを呟こうと開きかけた唇をきつく結ぶと、針で刺されるような小さな胸の痛みを感じながら静かにカーテンを閉じ、再び椅子に腰を下ろした。


  ***


 私が部屋に引きこもるようになってから、もうすぐ一年が経つ。

 春も夏も秋も冬も、朝も夜も晴れの日も雨の日も、私はほとんどの時間をこの薄暗い部屋の中で過ごしてきた。

 長い間世界から隔離された部屋のクローゼットには、先程の少女たちが着ていたのと同じ中学校の制服が白い埃と共に眠っている。

 私も、彼女たちのように当たり前に学校に通えていれば、今頃中学二年生に進級しているはずだった。

 今では学校の雰囲気も、友達の声も、世界を彩っていた色の名前さえも忘れかけてしまっているけれど、勉強や部活、そして恋なんかに全力を注ぎ、友達と一緒に青春を謳歌する輝かしい未来が私にもあったかもしれない。世界がすべて美しく見え、起こること全部が楽しいと感じる未来もあったかもしれない。そんな幸せな世界の中心に、私が立っている未来もあったかもしれない。

 けれど、そんな希望に満ち溢れた未来が私に訪れることはなかった。

 ……そして、これからも訪れることはない。


 私は今日、何の価値もない無意味な十四年の人生に終止符を打つのだから──。


 ***


 私が不登校児として部屋に閉じこもるようになった理由は、誰にでも起こり得るようなありふれたものだった。

 その日、いつも通り学校に登校し教室へと向かうと、クラスの雰囲気がなんとなく普段と違うような気がした。どこか重々しい空気が辺りに漂っていて、これから何か良くないことが起こるような──あるいは、既に起こっているような──そんな怪しげな雰囲気が教室を支配していた。

 「おはよ。……何かあったの?」

 まさか、その重々しい怪しげな雰囲気を形成している理由が、自分にあるだなんて考えることもしなかった私は、近くにいたクラスメイトに声を掛けた。

 すると、いつも笑顔を携えているクラスメイトの表情が突然曇りだし、周りの視線が一斉に私に向いた。それは、とても人が人に向けるものとは思えない鋭く冷たい視線だった。

 「……行こう」

 「……うん」

 私がその視線の意味を理解しかけたのと、声を掛けたクラスメイトが逃げるように教室を出ていくのはほぼ同時だった。

 やがて、凍ったように静まり返っていた時間は何事もなかったかのように動きだし、冷たい視線を向けていたクラスメイトたちは皆、顔に満面の笑みを浮かべながら昨晩のテレビドラマの感想や流行りのアプリゲームについての情報交換をし始めた。

  それは、いたって自然な日常の風景に見えた。

  ……私の存在を無いものとして認識していること以外は。

 

 私には、みんなから無視されるようになった理由がわからなかった。

昨日まで、何の蟠りもなく会話を交わしていたはずのクラスメイトが、どうして突然目も合わせてくれなくなったのか。どうして私を避けようとするのか。どうして誰も助けようとしてくれないのか。私には理解できなかった。

 そうして、その日から私を排除しようとする行為は徐々にエスカレートしていき、机に悪意のこもった言葉をいくつも書き並べられたり、物を隠されたり、人目につかないところで酷い暴行を加えられたりすることが当たり前になっていた。その頃にはもう、自分がどうしてこんな仕打ちを受けなければならないのか、考えることをやめていた。

 理由なんてものは最初からなくて、ただ順番が回ってきてしまっただけなんだと、そう結論付けて、みんなの悪意の受け皿になっていた。

 けれど、残酷で非道で臆病なみんなの悪意は、私一人で抱えきるにはあまりにも大きすぎて、結局三ヶ月も保たずにその受け皿は壊れることになった。そして、私は学校へ行くことを諦め、部屋に引きこもるようになった。


 そんな生活を始めてから、気づいたことがいくつかある。

 その一つが、今もどこかで起こっている『イジメ』なんていうものには、明確な理由がないことがほとんどなんじゃないかということ。

 なんとなくウザいから。周りに溶け込めていないから。イジメられても文句を言わなそうなやつだから。

 そんな理不尽な理由が多数を占めているんだと、私はイジメられる立場になって初めて理解することが出来た。ただ、そういう役に私がふさわしかったから、今回のターゲットに選ばれただけに過ぎなかったんだと、私は一人の世界に逃げ込んでからようやく理解することが出来たのだ。

 きっと、私という悪意の受け皿が無くなったあのクラスでは、私の代わりとなる悪意の受け皿が新たに生み出され、また同じ日常が繰り返されていることだろう。

 自分が除け者にされないために、誰かを排除しようとする歪んだ日常が──。


 そうして、さまざまな過程を経て登校拒否をするようになった私は、この薄暗い部屋の中で生活を続けていくうちに、引きこもっているだけで何の行動も起こそうとしない自分がこうして生きていることに意味はあるのか。理由はあるのかと考えるようになった。

 毎日現実から目を逸らすように電子の世界へと逃げ込み、無限にも等しい時間がありながら何も生みだそうとせず、家族に迷惑をかけるだけの人生に意味や理由はあるのか、と。この一年間、ずっとそのことだけを考えて生きてきた。

 そして今日、ようやくその答えが出た。

 ……私には、どうしても生きてやりたいことも、やらなければいけない使命も初めからなかった。一体、何のために自分がこの世に生まれ、十四年間も生きてきたのか、その答えは結局出なかったのだ。

 私は人間に向いていない。生きることに向いていない。

 ただただ時間だけを消費していく人生に、意味も価値もない。

 だから私は、自殺を決意した。


 人は皆、いつか必ず死を迎える。

 お金を多く持つ者も持たざる者も、権力を振りかざす者も振り回されるものも、幸福な者も不幸な者も、みんな等しく死を迎える。それなら、いつ死んだって同じじゃないか。私にはもう、生きる理由が残っていない。このまま生きていても、いつかきっと誰かを不幸にする。それなら、少しでも早く死んでしまった方がみんなのためになるはずだ。

 そう心の中で呟いて、私はモニターに向かって引きつった笑みを浮かべる。

 ……全く、この歪み切った世界で唯一の平等が『死』だなんてふざけてる。せめて次の人生では人間以外のものとして生まれたい。できることなら何も考えず、ただ生きているだけで喜ばれるような存在になりたいと強く願う。

 そんなことを考えながらワークチェアに浅く腰掛けた私は、脱力するように深く長い息を吐き出すと、右手の中のマウスを操作してモニターに映るカーソルをデスクトップのあるアイコンへと合わせた。部屋にカチカチと小気味のいいクリック音が響く。やがてモニター上には、投稿型SNSの画面が大きく表示された。それから私は自分のアカウントの投稿画面へと進むと、薄暗い部屋にキーボードの打鍵音を響かせた。


 ……私には死ぬ前に一つだけ、やり残したことがあった。

 それは、私をみんなの輪から追い出そうと言い出し、人が行うものとは思えないような残酷な仕打ちを行った主犯たちに対する復讐だ。しかし復讐と言っても、部屋に引きこもることしかできない私にできることは限られている。だから私は、唯一外の世界と繋がりを持つことが出来るインターネットを使って、それを行うことにした。

 私は、これまで彼女たちが私に対して行い続けてきた行為の数々を、一つ一つ出来る限り鮮明に思い返しながら、一四〇字という限られた文字数の中に言葉を打ち込んでいく。

 主犯たちの本名。いじめの事実。そして、最後まで迷惑をかけ続けた家族に向けての謝罪の言葉。それらをまるで事務作業でも行っているかのように淡々と打ち込んでいき、五文字ほどの余裕をもって最後の一文字を入力したところで、エンターキーを静かに叩いた。

 私はキーボードから手を離すと、今しがた自分で作成し、消えることなく画面上に表示され続ける〝それ〟に目を向ける。

 何だか、遺書にしては少し短すぎるようにも感じるけれど、これ以上伝えたい言葉が他に思い浮かばないんだから仕方ない。きっと、私の復讐心というのもその程度のものだったんだろう。

 本当に、色も味もない、薄っぺらな人生だったな……。

 そんなことを思いながら私は投稿ボタンをクリックし、自分の最後の投稿を全世界にばら撒いた。

 すると、一分もしないうちにその投稿を見たユーザーたちから多くの返信が送られてきた。

 「もう一度考え直そう!」

 「生きたくても生きられない人がたくさんいるんだよ」

 「どうせ死ぬならライブ中継して流せよ」

 「いじめ? マジ? そいつらの住所特定するわ」

 「生きてればきっといいことあるよ!」

 私は次々と送られてくるそれらの言葉に対して乾いた笑いを漏らす。

 

 ……くだらない。

 もう、何を言われたところで私の心には響かない。

偽善に満ち溢れた上辺だけの言葉も、好奇心に塗り固められた人間の本質的な言葉も、私の生きる理由のきっかけには成り得ない。

 私は、その後も増え続ける返信をしばらくの間ぼんやりと眺めた後で、ノートパソコンの真横に置かれたタオルを掴み取り、ワークチェアを軋ませながら立ち上がると、向かって右側にある部屋の扉に目を向ける。

 ──人は、私が思っていたよりもずっと簡単に死ぬことが出来る。

 ドアノブにタオルを結び、そのタオルに首をかけて脱力するだけで段々と意識が遠退いていく。やがて、身体を循環する血液が脳まで回らなくなり、人は静かに死を迎える。

 もう何度も調べた自殺方法。失敗することは、……きっと無いと思う。

 そうして、私は冷たく小さな溜息を吐いて手の中のタオルを握りしめると、扉の方に足を向けた。

 ──と、その時だった。

 背後にあるノートパソコンから、私のアカウント宛にメッセージが届いたことを知らせる通知音が鳴り響いた。

 私は扉に向かって踏み出した足を一度止め、音のした方に体を向け直すと、まるで何かに引き寄せられるかのようにノートパソコンの前へと戻ってきた。左手にタオルを握りしめたまま、変わらず無機質な白い光を発し続けるモニターを見つめ、空いている右手でマウスを動かし、通知ボックスを開く。すると、そこにはアカウントを作って間もないことを表す卵型のアイコンに、アルファベットと数字をランダムに羅列しただけに見える見知らぬアカウントから、一軒のメッセージが届いていた。

 どうせ使い捨てのアカウントで情に訴えかける言葉を並べたり、わざわざ人の死を笑いに来た者からの心無いメッセージでも届いているんだろうと、呆れ半分に思いながらそのメッセージを開いた私は、そこに書かれたメッセージを見て思わず首を傾げた。

 

 『どうして、死のうとしてんの?』

 

 それは情に訴えかける言葉でも、これから死のうとしている相手を面白がる言葉でもなかった。そこに書かれてあったのは、ただの純粋な疑問だった。

 それ故に私は自殺を決意して以来、初めて自分以外の人間に対して『怒り』という感情を抱いた。

 

 ……どうして? そんなの、辛いからに決まってるじゃないか……!

 私が何か悪いことをしたわけでもない。誰かを傷つけるようなことを言ったわけでもない。私はただ、どこにでもいる普通の女子中学生として、当たり前に毎日を過ごしていただけ。

 それなのに突然みんなから無視されるようになり、一部の生徒から酷いいじめを受けるようになった。

 きっと、このメッセージの送り主は誰かから理不尽な悪意をぶつけられたことがないんだろう。だから、これから死のうとしている人の気持ちが理解できない。

 私は奥歯をギリギリと軋ませながら、年齢も性別も分からない相手に対して怒りをぶつけるように強くキーボードを叩く。

 『生きることが辛くなったからに決まってるでしょ』

 そう言葉を入力し、返信ボタンをクリックしようとしたところで、手を止めた。

 ……いや、違う。そうじゃない。それは単なるきっかけにすぎなかった。

 本当の理由は、もっと別にあった。

 私はマウスから手を放し、指をデリートキーの上に乗せると、入力した文字を一つずつ消していったあとで新たに言葉を入力し直した。

 

 『生きることに意味を見出せなくなったから』

 

 そうして返信ボタンをクリックすると、トーク画面に相手が私のメッセージを読んだことを示すチェックマークがついた。すると、それから三十秒もしないうちに再びメッセージが返ってきた。

 『……生きる意味? そんなの見つけてどうすんだよ』

 また質問だ。一体何なんだ、この人は。そんなことを聞いて、どうするっていうんだ。それが何かの役に立つとでもいうのか?

 それに、私が最後まで求め続けたものを〝そんなの〟と、そこらへんに落ちている石ころ同然に扱うこの人が、私を意図的に苛立たせようとしているように思えてならない。不快だ。だから、私はそのメッセージを無視することに決めた。

 せめて死ぬ瞬間くらいは、何も考えず空っぽな状態でいたかったのに、この人のせいで台無しだ。

 「……ほんと、最悪」

 そう呟いて、再び机の上のタオルに手を伸ばそうとしたところで、またもやメッセージが届いたことを知らせる通知音が部屋に鳴り響いた。

 私は苛立ちと呆れの混ざったような深く長い溜息を吐くと、これ以上耳障りな通知音で気分を害さないためにノートパソコンの電源をオフにしようと、今一度モニターの方に目を向ける。

 その瞬間、新たに送られてきたメッセージが僅かに視界に入った。読む必要はないと頭では理解しているのに、どういうわけか私の目はそのメッセージを追った。

 『仮にそれが見つかったとして、お前は生きたいと思うのか?』

 再び問いかけるようなメッセージ。

 私には、どうしてこの人がそんなにもしつこく問いを投げかけてくるのか、一体どんな表情で何を考えてメッセージを送りつけているのか、理解できなかった。それほど、これから命を絶とうとしている人間というのは珍しいものなんだろうか。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、今一度そのメッセージを読み返し、心の中で強く叫ぶ。


 ──当り前じゃないか。

 みんな生きる理由があるから、あんなにも楽しそうに人生を送っているんじゃないか。いつまでも笑っていられるんじゃないか。……でも、私にはそれがない。生きる意味も理由も、私にはない。

 前に、何かのネット記事で読んだことがある。

 人は、何のためにこの世に生まれてくるのか。それは〝幸せになるため〟だそうだ。人は幸せにならなければ、生きているとは言えないらしい。

 けれど、それってすごく難しいことだと思う。

 幸せなんてものは、なろうと思ってなれるものでもなければ、手に入れようと思って手に入るものでもない。どんな宝石よりも貴重で、一度手放したらもう二度と戻っては来ないかもしれないくらいに大切なものだから。

 そんな入手困難なものを手に入れなければ、生きていると認めてもらえない理不尽な世界に、人生に、私は失望したんだ。せめて、その〝幸せ〟の代用品として、私にも生きる意味や理由があればよかったのに……。

 そうして知らず知らずのうちに顔を俯かせていた私は、四度目となる通知音で顔を上げ、メッセージを確認する。

 『お前ら全員バカだよ、ホント。何に対しても、すぐに意味や理由を付けたがる。そんなの逆に疲れるだけなのによ』

 初めて問いかけ以外の言葉を受け取った私は、首を傾げながらもすぐさまメッセージを返す。

 『どういうこと?』

 すると、まるでその問いに答えることが目的だったとでも言うかのように、続けてメッセージが送られてきた。私は苛立つことも忘れ、ただ静かにその言葉に目を向ける。

 

 『……なぁ、お前が欲しているのは〝生きる理由〟なんてもんじゃないだろ。お前が本当に欲しているのは、〝死ななくてもいい理由〟じゃないのか?』

 『いいか? 人生なんてものは、もともと理不尽で不条理で不合理に出来ている。生まれてから死ぬまで。ずっと幸せの中にいる奴もいれば、ミミズみたいに光の届かない絶望のどん底で一生を終える奴だっている』

 『──けれど、そんなのは当たり前のことなんだよ。みんなそれを理解した上で毎日を生きてんだ。生きる理由を持って生きてる奴なんて、お前が思ってるほど多くないんだよ』

 私は送られてきたメッセージをそこまで読んだところで、小さく口を開く。

 別に何かを口に出そうとしたわけじゃない。ただ、彼──もしくは彼女──が送ってくる言葉から、長い間忘れていた〝何か〟を感じ取った気がした。

 私はその〝何か〟の正体を思い出しながら、最後のメッセージを読み上げる。

 

 『……だから、生きることに意味を見出そうとするな。人は、ただそこにいるだけで充分なんだよ。何の役に立たなくてもいい。無意味に時間を消費するだけでもいい。死なないためだけに生き続けろ。そんで、自然に命が尽きる瞬間「この世界はクソだったな」って笑いながら死んでやれ』

 

 それ以降、私の元にメッセージが届くことはなかった。

 薄暗い部屋には再び静寂が訪れ、モニターから発せられる無機質な白い光が、部屋と私を淡く照らし出す。

 気がつけば、時刻はあれから既に一時間以上経過していて、投稿した遺書に対する返信は二百件を超えていた。

 私は開かれたノートパソコンの前に立ってしばらく考えたのち、その投稿を削除すると、窓際に近づいて、この部屋を薄暗くしている一番の原因に手を伸ばした。

 そうして、私は閉め切られたカーテンを勢いよく開くと、部屋を真っ赤に染め上げるような夕焼けに目を眇める。

 久しぶりに浴びる日の光は、とても眩しくて優しくて、忘れていたものをたくさん思い出させてくれるような温かい色をしていた。

 それからふと窓ガラスの方に目を向けると、反射して自分の顔が映っていることに気が付いた。私はそれを見て思わず笑みを浮かべる。

 そして、他の誰でもない自分自身に向かって小さく呟いた。

 

 ……ほんと、バカみたい──。

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