第36話・反撃と停滞とー8

「この街で既に、このシステムのテストが行われていたって事か?」

 壮太の言葉に、冬人は厳しい目つきで、少しだけ首を振った。

「それだけじゃないんだ、きっと」


 冬人は一呼吸置いた。

 ここからの推測を、皆にちゃんと理解して貰えるようにと。


「僕等は二年だったから、正確には分からないけど、同じ時期に学校に来なくなった三年の先輩がいたんだ」


 これには美香が答えた。

「森山先輩の事?」

「知ってるの?」

 森山千佳もりやまちかは、美香と同じ水泳部の先輩だった。


「それ、いつからだったか憶えてる?」

 冬人にそう聞かれて、美香がおでこに指を当てて、少し考える仕草をした。


「確か、九月二十五日、だったと思う」

「よく憶えてるなぁ」

「だって」


 その日は、美香の大好きなバンド、ANKIの新譜が三年ぶりに発売される日だった。

 偶然同じバンドのファンだった千佳とは、よくそのバンドの話で盛り上がっていた。

 そんな千佳がその日、部活に顔を出さなかったので、てっきり早くCDが欲しくてサボったのだと思ったのだ。


 しかし、美香は翌日以降、千佳の姿を見ることは二度となかった。


「そうか」

 壮太もその日を思い出した。

「老婆の亡くなった日は確か‥‥‥九月二十四日」


 壮太の言葉に、冬人が頷いた。

「そう、その老婆が亡くなったその日と、翌日から学校に来なくなった森山先輩、って事は」


 それ以上言うまでもなく、全員が何を言わんとしてるかを理解した。


 先を続けることなく、冬人は美香の方を見た。

「森山先輩って、すみっこでくらそうって好きじゃなかった?」

「うん、特にシロクマ君が」

「その老婆の着てたセーラーの襟には、確か小さなシロクマの刺繍が、あった」


 その言葉に、美香は両手で口を押えながら言った。

「先輩も、同じ、ものを‥‥‥」

 美香は言葉に詰まった。


「‥‥‥決まりだな」

 壮太の台詞に、抑えていた美香の涙腺が緩んだ。

「でも、何だってその先輩が犠牲になったんだ」

 そこまでは、冬人にも想像が出来なかった。


 しかし、少なくとも、その時点で既に、この街でこの競技が行われることは決定事項だったのではないか、と思った。


 選定理由がランダムなものなのか、他になにか意味付けがあるのか、それを推理する材料は、冬人達には何もなかった。

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