あきは来ず
@araki
第1話
紅葉が綺麗。最初はそんな感動があった。
けれど、一時間経つと印象も薄れ、二時間が経った頃には赤を見るだけでうんざりするようになっていた。
早く山を降りたい。けれど、そうできない事情が私の隣にいた。
「……まだ?」
「まだ」
「進捗は」
「あと少し」
「返事がさっきと同じなんだけど」
「前よりはプラス寄りな、少し」
涼はこちらを見ずに言葉を返す。かれこれ三時間辺りを散策しているものの、相変わらず、彼女は能面のような顔をしていた。
「お腹すいたんだけど」
「先に下山しててもいいよ?」
「……できるわけないじゃん」
視線を横に投げる。数メートル先、そこで地面が切れていて、見晴らしの良い景色が眼下に広がっている。見える建物はミニチュアと化していた。
ーーそこまで大事かなぁ……。
横を歩く涼は今も、辺りの草木に目を光らせている。彼女の背には本格的な登山バッグが背負われていた。
彼女曰く、ここでは珍しい山菜が採れるらしい。
『稀少な植物。見つけるのは宝くじに当たるより困難』
あるブログで見つけた記述を、私は創作と切り捨てた。過去の自分が憎らしい。
「よくそこまで粘れるね。私ならとっくに投げ出してる」
「だって、美味しいの食べてもらいたいし」
「それはそれは。相手は幸せ者だね」
「そう? よかった」
何がよかったなのか。訳が分からない。
涼が弁当の食材に拘りだしたのはつい最近だ。試作だけど食べてとお願いされていた頃は良かった。けれど、こうなってくると話は別だ。
「ねぇ」
「なに」
「そこまで頑張らなくていいんじゃない? 元々料理上手いんだしさ、普通のでも十分だって」
「それは違う」
涼は首を振った。
「私は私の精一杯を食べてほしいの。そこそこで喜んでもらえても、多分私は喜べない」
「自己満足第一?」
「まずはね。人に喜んでもらうのはその後」
私は内心ため息をつく。まったく、付き合わされるこっちの身にもなってほしい。
ーー……まあ、付いてきたのは私の方なんだけど。
日曜に山奥に行く、そんな話を聞かされて同伴しないわけにはいかなかった。
涼は当たり前に突飛な行動をとる。予測は不能。私はいつも驚かされてばかりだ。
やがて、せせらぎが聞こえてきたかと思うと、横に渓流が見える道に出る。かなり奥まで来てしまったらしい。
ーーそれにしても。
今回のきっかけは何だったのだろう。やはり彼氏だろうか。それにしては影も形もーー。
「あっ、あれってそうじゃない?」
川のほとり、そこに記憶にある形をした草が生えていた。
「えっと……みたいだね」
涼はすぐに斜面を降りて目当てに近づく。 それから背負ったバッグから携帯用の鎌を取り出すと、そのうちの幾本かを刈り取った。
「確かに。よく見つけたね」
「私もびっくりしてる」
まさか自分が見つけてしまうとは。今年の運を使い果たしてしまったかもしれない。
何はともあれ、これでやっと帰れる。心底安心した。
「それじゃ下山ーー」
「少し待っててね」
私の言葉を遮るように、涼が次々に物を広げ始めた。
見れば、その大半は明らかに調理道具だった。
「もしかして……ここで料理するつもり?」
「降りてからでもいいかなと思ってたけど、ここまで一緒に来たし」
涼はさらに鞄からその他の食材まで取り出し始めた。弁当ひとつにどんな気合いの入れようなのか。
ーー仕方ない。
私は観念して、その場に腰を下ろす。言ってもきかない、それだけはとっくの昔に知っていた。
「まったく、彼氏さんが羨ましいね」
「明日香の?」
「いや、涼の」
「私はいないけど」
あれ。
「じゃあなんで弁当を?」
「お弁当? これは弁当にしないよ。だって」
涼はえくぼを見せた。
「どうせなら本番、出来立てを食べてもらいたいし」
「……ああ、なるほど」
やっぱり、凉のことは分からない。
あきは来ず @araki
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