先輩・後輩。それと。

不皿雨鮮

初稿

雨ですね。

 ざぁ、と強い雨音が窓一枚越しに聞こえる。それを聞き取ったのはついさっきだ。それまで僕は本を読んでいて、どうやらそちらの世界に集中してしまっていたらしい。

 お世辞にも広いとは言えない部室の中。様々なジャンルを取り揃えた本棚を目隠しするように、ホワイトボードが置かれていて、部屋の中心には長机が二つ向き合わせになっている。

 部室にいるのは僕と先輩の二人だけだ。

「先輩、雨ですよ、雨。最悪ですね」

 僕はぱたんと本を閉じて先輩の方を見る。先輩はどうやら気付いていながら、何も言わなかったらしい。窓越しに、しばらくは止みそうにない雨をぼぅっと見ていた。

 まぁ、一々雨が降っていることを告げられても感想に困るのだけれど。

「最悪とは随分だねぇ、雨は、いやさ、水は生命の源だ。それが降り注ぐというのに、一体何を言っているんだ、君は」

 僕の方を向くことなく、先輩はそんなことを言う。これで話半分だと思って適当なことを言うと、それが言質となってややこしいことになる。

「いやいや、そんなことを言ったところで騙されませんよ。何をほざいてんですか」

 なるほど生命という観点から見れば確かに雨は素晴らしいものなのかもしれない。だけれど、僕個人の観点からすれば最悪なことに変わりはない。

「前々から思っていたが、君はあまり私のことを尊敬はしていないようだね」

「そりゃあねぇ、だって僕、望んでここの部員になった訳じゃありませんし。無理矢理部員にするような先輩を尊び敬えというのは、無理がありません?」

「ふむ、尊び敬うなんて言い方をされると、確かに別に尊敬なんざされなくともいいと思ってしまうね。しかし、どうして雨がそんなに嫌いなんだい?」

 ふい、と今更のようにこちらを向いて先輩は少しだけ笑う。

「理由は、そうですね、二つほどあります」

「ほぉ、聞こうか」

「まずは一つ目、雨が降ると、湿気るでしょう? それは僕にとっては最悪なんですよ」

 髪を指さしながらそう告げると、先輩はなるほどねぇ、と声を漏らす。

「確かに、君のような癖っ毛には、辛いかもしれないね」

「ええ、本当に。髪はボサボサになるし、心なしか頭が重くなった気もします。先輩やらを見ると羨ましくて羨ましくて、仕方がないです」

「ふむ。だがしかし、君はそこまで髪型にこだわりなんぞあったかな。この一年、君とはこうして放課後に会っているが、ヘアワックスなんてものを塗っていたことはなかった気がするし、邪魔な前髪を除けるなんてこと以外には、君は特に髪を触ったりもしていない。極端に伸びるまでは切らず、切る時はさっぱりと短くしていたはずだけど」

「そう言われると確かに少し根拠としては弱いかもしれないですね。それはとは別に、そこまで先輩が僕を見ていることに若干引いていますが」

 普通のことだよ、と先輩は苦笑いを漏らし、続けて、それで二つ目は? と問うた。

「二つ目は、雨という現象そのものが嫌いというのがありますね。雨が降っている、それだけで僕は少し鬱屈とした気分になります」

「それは一つ目の理由があるからではなく?」

「それとは別ですね。ただ、ただ、雨が降っているという状態が、凄く嫌なんです」

「ふむ、まぁ確かに雨が降ると、いや雨が降る少し前から気圧なんかは変化しているだろうしね、精神的に少しダウナーな気分になってしまっても、仕方はないか」

「納得していただけましたか?」

「いや、別に」

 がくん、と肘が滑る。危うく机に顎をぶつけてしまいそうになった。

「何なんですか、貴方は」

「先輩だよ、君の」

「いや、そういうことじゃあなくて」

 くくっ、と先輩は楽しそうに笑う。反論する気も失せてしまい、はぁ、と大きな溜息を吐いて、僕は窓に視線を移した。

「……雨ですね」

「ああ、雨だね」

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