第8話 転生Ⅰ

「私の過去は……そうだな、時間的な意味で話せば良いのか? それとも、個体的な意味で話せば良いのか? うん、個体的な意味で話そう。その方が色々と分かりやすい。私は以前、君には信じられないかも知れないけどね。ある建物から飛び降りたんだ。建物の屋上……屋上の意味は知っているかい?」


「知らないね」


「そうかい。屋上って言うのは……まあ、建物の最上階に設けられた場所だな。私は、屋上の柵を乗り越えた。そうしないと、建物の下に飛び降りられないからね。私は屋上の上に遺書、遺書とは『自殺の動機』を書き残した手紙だ。その手紙を残して、建物の屋上から飛び降りた。落下の衝撃は、凄まじかったよ。『痛い』と思う余裕すらなかった。私は、その意識を失って」


「どうなったんだよ?」


「……君は、『あの世』と言う物を信じるか?」


「……ああ。俺の両親も、『そこ』にいるからな」


「そうか、信じているなら好都合だ。私は、そこに運ばれた。どうやって運ばれたかのかは、覚えてない。気づいた時にはもう」


「そこにいた?」


 領主は、彼の顔から視線を逸らしました。


「『あの世』と言う場所は、あまり良い所じゃない。自分の周りにいる人は大抵、老人なんだからね。中には、若い人もいるが」


「若い人もいる?」


「ああ。たぶん……まあいい。私は、ある列に並ばされた。列には老人から子供まで様々な人が並んでいて、彼等の周りには……アレは、小鬼と言って良いのか。小鬼は、列の人間達に指示を出していた。『余計な死語は、慎んで下さい』とか、『列の順番は、きちんと守って下さい』とか言ってね。

 私は、その指示に従った。周りの人々もそうしていたし、それと逆らう雰囲気でもなかったからさ。私は黙って、その列に並びつづけた。私の列は、なかなか進まなかった。流れとしては、滞っているわけじゃないのだろうが……たぶん、並んでいる人間が多すぎるんだろう。

 私の順番、『順番』と言って良いのか。三時間ほど経ってようやく、私の順番になった。小鬼は、ある場所に私を連れて行った」

 

 領主の言葉が途切れました。おそらく、適当な表現を探しているのでしょう。彼がその表現を考えている間、ダリアが彼に向かって「何処に連れて行ったんだよ?」と聞きました。

 

 領主は、その質問に苦笑しました。


「うーん、表現するのは難しいな。『案内所』と言っても、君にはピンと来ないだろう?」


「ああ、ピンと来ないね。それどころか、案内所なんて」


「初めて聞いたかい?」


「ああ」


「『案内所』と言うのは、相手に『何処々々へ行って下さい』と指示したり、あるいは『こう言う所があるので、是非行ってみてはどうですか?』と助言したりする所だよ。私は、そこに通された。私の周りにいる人々はもちろん、受付けの女性達も……受付けとは、先ほどの指示や助言を出してくれる人達の事だ。

 彼等は案内所の『受付け』と呼ばれる場所に座っていて、相談者の要求を『分かりました』と叶えてくれる。私は不安な気持ちで、案内所の椅子に座った。私がそこに座っている間、何人かの人間が名前を呼ばれた。彼等は椅子の上から立ち上がって、案内所の受付けに進んで行った」

 

 領主は一つ、息を吸いました。


「遠くからだったので細かい所はよく見えなかったが、受付けに呼ばれた人達は……なんて言えば良いんだろう? 私は『私の事』しか聞いていないが、おそらくは今後の事を言われていたんだと思う。貴方は『天国行き』、君は『地獄行き』と言う風にね。私は、そのどちらに行けなかった」


「どちらにも行けなかった?」


「……ああ。『天国』と言うのは、善人の行く場所だ。悪人では、決して行けない。それと同じ理屈で、地獄と言うのも悪人じゃなきゃ行けないんだよ。私の人生は、中途半端だった。『自殺』と言う最悪の罪を犯して置きながら、その生前は……ふっ、おかしいだろう? 愛のために働いていた。来る日も来る日も。自分が稼げば、家族の生活だって楽になる。


 私は、家族の笑顔が好きだった。彼等の笑みは、私の心を癒してくれる。もっと言えば、元気を与えてくれるんだよ。私は、彼等の笑顔が見たかった。そして、自分の夢にも応えたかった。世の中には、金よりも大事なモノがある。人の愛や信頼と言った、私はそれを求めつづけた。仕事の中でも、そして、『私』と言う生き方の中にも。私の生き方は決して、器用じゃない。

 生きている時はあまり感じなかったが、死んだ後はそれをより強く感じるようになった。私は、不器用な人間なんだ。でも、その事を悲観してはいない。自分が不器用な人間と分かれば、後はそれと真摯に向き合っていくだけだ」


 領主の目が潤みました。


「すまない。話の流れが少し、逸れてしまったね。今すぐ戻すよ。私は、受付けの女性に呼ばれた。『〇〇さん、△△番までおいで下さい』と言う風にね。彼女の声はとても聞きづらく、名前の所なんてかなりぼやけて聞こえたが、それでも『自分の名前を呼ばれた』と言う感覚がして、私は不安ながらもその受付に向って歩いた。受付けの女性は、美しかった。

 年齢の方はたぶん、君よりも少し上なくらいだろう。彼女は『ニッコリ』と笑って、来客用の椅子を指さした。私は、その椅子に腰かけた。『失礼します』と言いながらさ。私が相手の目をじっと見た時、相手が受付け台の上にある機械」


「『機械』って言うのは、何だ?」


「『機械』と言うのは、色々な仕掛けが施された鉄製品の事さ。機械の中には、まあいい。とにかく、便利な道具って事だよ。女性は、その道具を操った。『貴方の国籍を教えて下さい』とか、『生前の住所は、どちらですか?』とか言う質問を交えて。


「私は憂鬱な顔で、それらの質問に答えて行った。彼女の質問は、十分くらいで終わった。女は私の顔から視線を逸らすと、今度は機械の画面を見つめはじめた。一言も喋らず、その顔はかなり真剣だったよ。私は不安な気持ちで、その表情を眺めた。一分、二分、三分と。私が彼女の表情を見つめている間、彼女が私に向って『自殺ですか』と言った。

 私は、その言葉にドキリとした。思わず『は、はい』と応えてしまったくらいにね。相手は『データの結果』とか何とか言って、私の今後を丁寧に話しはじめた。

『残念ですが、アナタは天国へ行けません。それともちろん、地獄へも。貴方の人生は途中までかなり良かったのですが、最後の自殺がいけませんでしたね。最後の自殺は言わずもがな、人生の大きな減点ポイントです。コレさえなければ、貴方は』

 私は彼女の話を理解する一方で、その内容に腹を立ててしまった。彼女は、裁判官でも何でもない。どう見たって、普通の女の子なんだからね。そんな少女に自分の今後を決められたと思うと、君だって腹が立つだろう? 私はバカらしくなって、来客用の席から勢いよく立ち上がった。相手は、その勢いに怯まなかった。それどころか、『ニコリ』と笑って私の顔を睨みかえしてくる。私はその睨みに怯んで、来客用の椅子に座りなおした。

『抗おうとしても無駄です。貴方はもう、死人なんですから。死人は、私達の手続きに従わねばなりません。自分の行先が何所になるか。貴方の場合、次の転生先は孤児になります』

『……孤児と言う事はつまり、自分が育つ過程の中で親を失うと言う事か?』

『通常の場合は、そうですね。ですが、貴方の場合は違います。貴方は最後の自殺を除いて、人生のポイントをほとんど減らしていません。国の法律はきちんと守っていたし、自分の家庭だって充分すぎる程大事になさっていた。まあ、奥さんに先立たれてしまったのはショックだったようですけど。それだって』

『いや、アレは私が悪い。私がもっと、家内の近くにいてやりさえあれば』

『人間の力には、限界があります。最新の医学を使って治せなかったのですから、貴方がいくら近くに居たって、結果の方はまったく変わらなかったでしょう』

『……君は、酷い女だな』

『酷いのは、貴方の方です。どんな理由があろうと、貴方は貴方の周りにいる人達を苦しめた。自分の勝手な思いで。転生先を孤児と決めたのは、それに対する断罪です』

 私は、彼女の言葉に反論できなかった。反論しようと思っても、その言葉が上手く見つけられない。ただ虚しく、ガクッと項垂れるだけだ。私は暗い気持ちで、彼女の裁きに従った」


 領主の身体が震えました。


 ダリアは黙って、その様子を眺めています。領主が彼に対して笑っても、その笑みにまったく応えませんでした。彼は、領主の笑みから視線を逸らしました。


「女に従った後は、どうなったんだ?」

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