タイムシーフ-時間泥棒-

三石 警太

タイムシーフ-時間泥棒-

−今宵の宴に馳せ参じるは、世紀の大怪盗、タイムシーフ

この満月の下、私が盗むものはただ一つ。

かけがえのないものを盗みます。

−怪盗タイムシーフ


ある夜の晩、この挑戦状が届いた。

最近では、怪盗も現代版にシフトチェンジしてきていて、律儀にドローンで挑戦状を落としてきやがる。

男は挑戦状を読みながら毒づいた。彼はWTMの職員。略称はWorld Thief Monitoring。

簡単に言うと、世界の怪盗を監視する機構だ。

今日も日夜、怪盗と対峙している。

この挑戦状が届いたのは、日本の某出版社。

この出版社は大手企業で、日本で一番売れていると言われている雑誌を出版している。

その雑誌の著者達はスター並みの人気があり、芸能界に進出しているものもいる。

「しっかし、何を盗むんですかね?」

と、ヘラヘラした様子で口を挟む彼は私の部下、久保。

その上司である私は、理衣田。珍しい苗字と言われるが、名前などどうでも良い。久保にはリーダーと呼ばれている。上司である理衣田、ダブルミーニングである。

「何を盗むのか突き止め、それを阻止するのが我々の仕事だよ。久保くん」

タイムシーフは過去にも盗みに成功している。

患者の時間を奪い、先の無いものを眠らせたりもした。

また、時間を応用して恋愛を成就させたり、またある時には命を蘇らせた。

噂では時間を自由自在に操れるらしい。そんななんでもありな怪盗タイムシーフが相手だ。

しかも、最近の怪盗は律儀に日付さえ教えてくれる。随分ナメた真似をしてくれるわ。

「しかし、派遣される人員が我々だけだとは。怪盗が増え続ける原因は、我々の人員不足なのではないか?」

「リーダー、しょうがないっすよ。怪盗に憧れて、WTMから怪盗になったやつもいます。もはや、怪盗が世界の最先端なんす」

「しかし…」

犯罪がまかり通るこの世界はおかしい。たとえ、最後の一人になろうとも、四肢をもがれたって私は戦おう。

そう決めた私がなぜここまで犯罪にこだわるのか。それは父が凶悪犯罪者だからだった。

小さい頃に父は捕まり、そのせいで私はいじめられた。

それ故に、私は犯罪を憎み、犯罪という絶対悪を根絶するまで、死なないと誓った。

「にしても、出版社狙うって何狙ってるんスかねー?普通もっとドカーンと派手な物狙うでしょうに。 」

満月は今日、つまり時間はない。日本に渡っている間に、時間をとられてしまった。なぜ日本にはWTMの支部が無いんだ。

私たちは、日本につき、車でタイムシーフの予告した出版社へと向かっていた。

「おい、久保、そこを右だ。そこをまっすぐに行ったら○✖️出版社だ」

「ここっすか〜。なんかパッとしませんね」

怪盗が狙う場所としては地味すぎないか?

しかし、相手はタイムシーフ。一筋縄ではいかない野郎だ。

そのビルは上へ上へとそびえ立っているが、世界のビルとは比較にならないほどこじんまりしている。周りにもビル、ビル、ビル…。

正直、あまり違いがわからない。

2人はエントランスの自動扉を抜け、受付に進んだ。夕方になりかけていた。

「WTMの者です。タイムシーフから守るために来ました」

もうすっかり久保も一人前だ。俺と配属になった時は理由も何も分からなかったが、相性がいいからなんだろうな。

「はあ、久保様。そして理衣田様。お待ちしておりました。今日、予定ではタイムシーフがくるそうな?」

受付で説明していると、奥から初老の男が近寄ってきた。胸には○✖️出版社編集長と書かれている。

「すいません、日本までの渡航に時間がかかってしまいまして」

「いえいえ、構いませんよ、間に合っているではありませんか」

初老の編集長は平然と言ってのけた。

この初老の編集長は今のこの状況を理解しているのか?甚だ疑問だ。

日本の者は、危機感に欠けている。平和ボケに浸っている。

理衣田はイラついた。この感情は、この老人の異様な落ち着きから来ているのだろうか。

はたまた今夜タイムシーフがやってくるということに焦りを感じているのか。

「タイムシーフとはどのような怪盗なのですか?」

「は、はい。時間を操る大怪盗と名乗っております」

「はあ、それはなんともメルヘンな」

今夜だ、と私と久保は一階の受付で意気込んでいた。結局何を盗むのか、○✖️出版社の編集者達と会合を重ねたが、結論は出ず、とりあえず○✖️出版社を守ろうということになった。

幸い人員は○✖️出版社が警備員を動員させていたので、まあ最低限は揃った。

そして来たる満月の夜、○✖️出版社は月明かりに照らされ、ビルが光り輝いていた。

すると、一瞬停電が起き闇に呑まれた。明かりが戻ると、周りには私と久保しかおらず、警備員など諸々が消え失せ、私たちは受付を飛び出した。すると何やら上の方からたからかな笑い声をあげるものがいた。

あからさまに怪盗の佇まいの人間が風になびき、屋上に立っていた。

私たちを視認すると、パタパタとマントをなびかせながら颯爽と夜の月明かりに照らされ飛んだ。

私たちの目の前に華麗に着地するやいなや、私は先制し、問うた。

「貴様か、タイムシーフ!何を盗みにきた!」

タイムシーフはふふっと不気味な笑い声をあげ、たからかに宣言し始めた。

「私が盗みにきたのは!ズバリ時間だ!読者諸君のな!」

私は理解が出来なかった。タイムシーフは時間を奪う怪盗。しかし、読者諸君とは?

「読者諸君、今この小説を読んでいる君たちの時間を奪いにきた!」

私と久保は、素っ頓狂な顔をし、言葉もでなかった。

「お前たちWTMの捜査員の名前も変えさせてもらったよ!久保、くぼ、ぼく、ぼっく、ぶっく…つまり、本だ!」

な、なんだと…!となりの久保を見やると、久保は本に身を変えていた。題名はタイムシーフ。

「読者諸君、この小説を読んでいる君たちに一つ伝えたいことがある!」

こいつは何を言うつもりなんだ。思考がまったく読めなかった。

「お前、理衣田はリーダー、Reader。つまり読者だ!お前に聞きたいことがある。私をどうして捕まえたい?」

当然の事を聞く、なぜかって?お前が犯罪者だからだよ!

「ほう、人を楽しませることが犯罪なのか?」

それはっ…

「なら、娯楽は軒並み犯罪になるなぁ」

タイムシーフは不敵な笑みを浮かべた。

私はまんまと敵の術中にはまってしまったのか。

「出版社の名前を○✖️にしたのも著作権があるからさ、この世界は私が作り出した。娯楽が犯罪というならば、この世界から娯楽を排除すればいい、しかし、それは人民の権利を奪うことだ」

何が言いたい…。

私は這い蹲っていた。敗北という二文字に打ちひしがれていた。

「全国の母親に問いたい。子供から娯楽を奪って何がしたい!いいじゃないか!楽しいのだから!」

つまり、私の論理だと、私がタイムシーフを捕まえることは。犯罪。自分で自分の首を絞めていたのか、参ったよ。タイムシーフ。

「出版社にきたのは私の物語を広め、全国の母親に訴えかけるためだ!」

そうだったのか…。私は間違ったことを…。

「全国の親に娯楽を奪われた、可哀想な者らに救いの言葉を献上する!マンガを読んでもいい!本も読んでもいい!ゲームをしてもいい!人生を豊かにしよう!しかし、やりすぎは禁物だぞ?」

タイムシーフはふふっと笑った、しかし、前のような邪悪さは感じ取れない。世の中にはいい犯罪者もいるのかもしれない。

「おい、読者、そしてリーダー。私と一緒にこの"盗み"をしないか?きっと楽しいぞ」

犯罪者の親は嫌いだったが、だからこそ、いい犯罪者になってみても、いいかもな。


今宵も大怪盗タイムシーフは時間を奪うー…。




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