第23話 増殖型・豆ジャム入りのパンケーキ

「ところでササキ君」

「はぁ……」

「気の無い返事だね。これを見てほしいんだけど」


 レナ・ホーク機動警察大尉は、ひさびさに署に顔を出したササキにぽいっと何かのカプセルを放り出した。あわてて受け止めるが妙に重い。


 カプセルと思ったが、何かが厳重に封印されているようだった。


「何かの緊急用の食料らしいの。古代文字だから解読しきれなくて。ササキ君の端末なら解読できるかもでしょ? データ溜まってるだろうから」

「データは一応、毎月中央に送ってますから、照会手続きとってデータベースのアップデートを怠っていなかったら大尉の端末でも解読できると思いますけど」

「言うようになったねぇあのササキ君が。でもまぁ面倒だしよろしくぅ」

「はぁ……」


 基本的にレナ・ホークは管理側である公務員にあるまじき物ぐさであるため、おそらく彼女の端末は結構なデータが欠けているのだろう。


 ササキはひとまず久々の自宅に帰ることにした。

 

 第124-AA33248地区レベル1。

 それがササキの住所だ。 

 このあたりには他に誰も住んでいないが、ビーコンが設置されているため、郵便物もこれだけ書けば届くようになっていた。


 もともとは極地戦争前の文明の"ナンバー地区"のひとつだったそうだが、極超音速滑空弾の群が直撃したため今は砂漠のような地形になっている。ガラスと岩石などがまじったさらさらの砂で、月の粉塵に似ているので吸い込まないように注意が必要だ。


「さて……」

 ササキはホバーバイクを天幕の中に押し込むと小さなドーム状の家のドアを開く。

 二重扉の中で除菌シャワーを使って簡単に砂塵を洗い流すとようやく我が家だ。


 シンプルな寝台に机がひとつ。調理台がまとまった簡素な部屋だった。

 ササキはレナがくれたカプセルをよく観察してみた。

 

 かなり厳重なカプセルだ。

 大きさは手のひらにすっぽりと収まる程度だが、六角柱の硬い素材に入っている。

 ただなにかうまそうな食べ物のイラストが描かれているため、おそらくは食料なのだろう。円盤のような円柱のような形をしたパン状のものが湯気を立てている。


「とりあえず翻訳してみるか……断片的になるかもしれないが」


『○○型○○焼き --- 航空自○○向け緊急時非常○、第一○をはがした後、空中に投げることで○○○、増えすぎた時のために第二剤(中和○)を○○』

 

「結構読み取れなかったが要するに食料であることはわかった……」

 何が増えるのかはさっぱりわからなかったし、中和剤と思われるものを何に使うのかもわからなかったが、使ってみることにした。


 空中に投げるというのが意味がわからなかったが、六角柱の殻を外す。

 なかなか開かなかったが、六角柱の基部を押さえながら回すと外れた。

 

 中には中和剤と思われる液体の入ったカプセルと、本体と思われる白いカプセルが入っていた。そのカプセルを手にとって部屋の中で投げた。

 

 するとぱらぱらとカプセルは分解し、なかから何か茶色いものがふくらんできた。


「おぉ!?」

 円盤状というより、短い円柱……何か太鼓のような形状のパンケーキが出現した。

 ぶわっと何かが膨らんだ。空気や散布されたカプセルの破片に反応したのだろうか。質量自体が増えるタイプは珍しい。

 そしてそのパンケーキは落ちてくる間にふたつに増えた。

「おおぉ!?]


 ササキは手を伸ばしてそれを掴む。

 もうひとつは掴みきれずに床に落ちてしまった。


 しげしげとそれを眺める。

 そのパンケーキはきつね色に焼かれ湯気がたっていた。イラストと同じだ。

 かぶりつくと香ばしさとやわらかさが渾然一体となった風味と甘みが広がる。


「これは……うまい」

 そして中には豆を煮詰めたようなジャムが入っている。

 軍用の非常食だからなのかカロリーもしっかりしており、水がなくても飲み込みやすい食感だ。極地戦争前の遺物にはたまにこういうものがあるから、こうした探索はやめられない。


「床に落ちてしまったもう一つも食べるか……」

 掃除はしているから大丈夫だ、と思いながら下を見たササキは固まった。


「……一つじゃない」

 床には香ばしい湯気をたてるパンケーキが4個。

 しかし空中で見たのは2個。


「これは?」

 ササキが自らの視力を疑い始めた時、もぞもぞとパンケーキが動いた。

 そしてパンケーキが一瞬膨らみ、楕円形となる。楕円形となったあとはぷつんと分かれて2つに増えた。


「!?」

 パンケーキは今は8個。

 ササキはそれをひとつとって口に運んだ。

 甘くて香ばしい。うまい。

 しかし……


「もしかしてこれは無限に増えるのか? だとしたらいまは7個だから次は14個、28個、56個に……?」


 ササキはちらりと中和剤をみた。

 なるほどもしも無限に増殖するならば途中で止めればいい計算だ。

「とりあえず……いただくか」


 ササキは中和剤をにぎりしめてパンケーキを食べられるだけ食べた。

 そして腹が満ちたころ、床には30個ほどのパンケーキが転がっていたが、それ以上増えることはなかった。


 後日機動警察の管区内で「ササキがくれた謎のジャム入りパンケーキ」が一瞬流行したのは別の話である。



「増殖型大判焼き」


――材料 (複数名分)

本体 × 1


――作り方

1.空中に投げる

2.食べる


――注意書き

『増殖型大判焼き --- 航空自衛隊向け緊急時非常食、第一殻をはがした後、空中に投げることで増える、増えすぎた時のために第二剤(中和剤)をお使いください』


――コツ・ポイント

カプセル内の水および二酸化炭素と反応する擬似増殖型薬剤と有機型微細工作機械によって設計図通りに大判焼きが作られます。増殖しますが薬剤が尽きると反応が止まるため、天候によりますが30-50個ほどで増殖が止まります。

注)薬剤を混ぜて使ってはいけません

注)どんなに使ってもブラックホール化することはありません


 


 


 

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