限りなく透明なときめきを・・
森沢真美
第1話 はじまり
大学1年の秋のある日。
ゼミ講義の狭い教室に入ると、いつも通り僕が一番乗りだった。
秋の柔らかい木漏れ日が注ぎ込む窓際の席に座り、何も考えずぼんやりと窓から見える紅葉を眺めていた。
この静かなひとときが好きで、教室に一番乗りしていると言っても過言じゃ無い。
そんな至極のひとときの終焉を告げるように、一人のクラスメイトが教室に入ってきた。
扉の方を向くと、園田君だった。
『いつもギリギリに来るのに今日は早いなぁ、どうしたんやろ。』
何故か園田君が教室に来るタイミングを知っている僕。
園田君は、僕がいるのを確認すると、僕に向かって歩いてきた。
何時もながらのちょっとワイルド系なイケメン君。
確か園田君は日本拳法部に入ってる体育会系。
でも、体育会系に多い俺様でもなくいつも優しそうな表情をしてる。
単なる僕の思い込みかも知れないけど・・。
でも、僕とは何もかもが真逆の園田君に憧れを持っている。
どんどん僕に近づいてくる園田君。
「え?何やろ?殆ど話をした事が無いのに・・。僕なんかに用は無いはずやのに・・。」
少し不安になりながら、園田君を見てる僕。
園田君は僕が座ってる席にやってくると、おもむろにバッグから何か取りだした。
「これ、お前にやるわ。」
そう言って差し出したのは、可愛いキャラクターが描かれた黄色いハンカチ。
「え・・? 僕にくれるん?・・ええの?」
僕の心は嬉しさでいっぱいになったけど、少し戸惑いながら答えた。
心の中では、
『凄く嬉しいけど、なんで知り合いの女の子にあげへんの? それより彼女いてるんとちゃうの? なんで、僕なんかに?』
頭の中は“?”マークがいっぱいになってた。
そんな事を思いながらも体と心がふわふわしてる。
話しかけられて嬉しいのかな、僕。
分からない。
そんな僕の思いを知る由も無い園田君は、
「貰いモンやねんけど、俺が持っててもカッコ悪いだけやし、お前可愛いし、こんなん持っててもおかしないやろ。」
頬を赤らめて照れ笑い。
柔らかい秋の午後の木漏れ日が当たる笑顔がいつもより一層優しく見えた。
その顔を見て僕はドキッとして、もっとふわふわになってしまった。
『なんで、こんな状態になるんやろ・・』
分からない。
ただ、自分の事を可愛いと思った事は無いけど、小さい頃から“可愛い”と言われる事が嬉しかった。
男の子なのに・・、自分でも変だと思う。
「うん、ありがとう。」
僕も照れながら、精一杯微笑みながら園田君の顔を見上げた。
たぶん・・いや絶対に頬をピンクに染めて、引きつってるに違いない。
恥ずかしいな・・。
すると・・・
園田君の優しい顔がゆっくりと近づいてきた。
ふわっ・・
『え???』
園田君の唇が僕の唇に・・
僕、キスされてる?
『何が起こってるん?え?・・なんで?』
頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなってる。
園田君の唇・・柔らかくて暖かい・・。
拒否できない・・。
それどころか、ずっとこのままで・・と思ってる僕。
なんで・・?
そんな僕の思いとは逆に、ほんの一瞬の出来事。
でも、園田君の顔が近づいてきた時から時間はスローモーション。
キスされて、ストップモーション。
その一瞬の後、園田君の唇がそっと離れた。
僕の中で止まっていた時間が動き始めた。
でも動けず、園田君を見上げたまま。
瞳に園田君が映っていても見えてない。
先に我に返った園田君。
「あ・・ご・・ごめんっ!お・・俺、何してるんやろ。」
「え・・? あ・・・。」
言葉にならない声しか出せない僕。
まだ頭が真っ白で、心臓はばくばく破裂しそう。
体は火照って暑い。
窓から注ぐ柔らかい日差しのせいじゃない。
そして、体と心はもっともっとふわふわ状態。
宙に浮くのってこんな感じなのかな・・?
そんな宙に浮いた僕を引き戻すかのように園田君の声がした。
「ごめんな。岡崎の笑顔が可愛かったからつい・・。ほんま、ごめんっ。」そう言うなり、踵を返して教室から出て行こうとする。
「あ・・園田君っ、待って!」
僕は反射的と言うか、無意識に園田君の右手首を捕まえた。
本当に無意識だった。
園田君に何を言いたいのか、どうしたいのかも分からないまま、園田君の手首を掴んでいた。
僕の方に向き直り、申し訳なさそうな顔の園田君。
「怒ってるやんな。いきなり、あんな事されたら怒って当然やんな。ほんまにごめんな。」
謝る声も先程とは違い弱々しい。
表情も落ち込んでる。
『そんな顔して欲しくないのに・・。』
「ううん、怒ってへんから。全然怒ってへんから。」
僕は、自分の素直な気持ちを伝えた。たぶん頬を染めながら。
本当に怒ってない。
なぜか怒れない。
怒りの感情が湧いてこない。
それよりも、まだ心臓が高鳴ったままで、引き戻された体と心が再びふわふわし、宙に舞い上がった状態。
なんで・・?
「へ?」
予想してた答えとは真逆の事を言われたのか、少し訝しげな園田君。
おまけに少し素っ頓狂な声だったので、「可愛い」とイケメン君に対して失礼な事を思ってしまった。
「怒ってへんから・・。それに・・次の講義受けへんの?」
もう一度、素直な気持ちを園田君に伝えた。
『もう少し一緒にいて欲しいな。隣の席で講義受けて欲しいな。』
何故そんな気持ちになるのかさえ分からない僕。
僕のこの気持ちは何なんだろう?
「ほんまに怒ってないん?」
今度はきょとんとした顔で確認してくる園田君。
その表情を見て僕はまた「可愛い」と思ってしまった。
「うん・・、びっくりしたけど。ただ・・。」
心に湧き上がった言葉を言えない。
恥ずかしいし、何より拒否されたらと思うと声が出てこない。
「ただ・・何?」
何を言われるんだろうと思って、直立不動になって固まってる園田君。
「・・えっとぉ・・・・・・。」
言葉にしようと思っても口を突いて出てこない。
恥ずかしすぎて下を向いてしまった。
今度は園田君の頭の中に“?”マークがいっぱいになってるに違いない。
僕は意を決して、園田君の顔を見上げて言った。
「え・・あ・・・そ・・園田君と話がしたいな・・・。」
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