第208話 邪魔すんなよ

 グレインたちは港から治療院に向けて歩を進めていた。


「ところでさ……お姉さんの腕、本当に大丈夫……なの?」


「うんっ。ミュルサリーナさんとエリオくんのおかげで、もうバッチリ治ってるよっ! 触ってみる?」


 ハルナはそう言って、左手でエリオの手を取り、穴の空いた衣服から見える右の二の腕にエリオの手を押し当てる。


「うわわっ……!」


 エリオは顔を真っ赤にして、慌てて手を引っ込める。


「どうだった?」


「ぁ……ふわふわで……すごく……柔らかかった……です」


「えっ? えーと、そうじゃなくって……ちゃんと腕はくっついてたでしょっ?」


「あ、あ、は、はい! そりゃもうバッチリでしたっ!」


 ますます真っ赤になるエリオの顔。

 そんな二人の様子を見て、にやけ笑いが止まらないグレイン達。

 しかしそんな中でただ一人、引き攣った表情で二人を見つめる少女、ミーシャがいた。


「ねぇ、エリオ……ちょっと」


 ミーシャはエリオの元へと駆け寄り、服の袖を引く。


「なんだよミーシャ。今お姉さんと話をしてんだから、邪魔すんなよ」


 エリオは迷惑そうにミーシャの方を振り向きそう告げると、再びハルナの方に向き直る。

 ミーシャは頬を膨らませる様子を隠そうともしない。


「(おやおやこれはー?)」


「(これぞ青春よね……。若いっていいわねぇ)」


「(でも、あの様子だとミーシャちゃんがそろそろキレそうですわよ)」


 グレイン達はそんなミーシャの様子を見ながら、小声で話している。

 ──既に全員の足が完全に止まってしまっていることも忘れて。


「(ミーシャがキレる……それはそれでいいんじゃないか?)」


「(そうよねぇ)」


「「(面白そうだし)」」


 そう言って、顔を見合わせて声を殺して笑うグレインとミュルサリーナ。


「(もう! お二人とも……。あ、そういえば治療院のことが心配ではありませんの!?)」


「(セシル、今お前も忘れてたよな!? まぁ、あっちはあっちで何とかなってると思うぞ。ティアはお前が寝てた病室に置いてきたんだ。あの病室の窓際には誰がいた?)」


「(アウロラさんと、ヴェロニカさん……あ。もしかして)」


「(あぁ。あの病室に飛んできた矢は、ヴェロニカにとってみれば、『お姉様を狙ってきた矢』に他ならないだろ? だから狙撃に関しては命懸けで守ってくれるに違いないって思ってる。トーラスとリリーには、敵が狙撃を諦めて治療院に乗り込んで来る可能性があるから、そっちを重点的に警備してくれと頼んだ)」


「(なるほど……ちょっとどころではなく酷い話ですわね。アウロラさんを人質にして無理矢理ヴェロニカさんに守らせるなんて)」


「(うふふっ。利用できるものは利用する……いいじゃないのぉ。もしヴェロニカが何もしないで狙撃が成功したとしても、その余波で『お姉様』にも被害が及ぶ可能性だってあるじゃない。だから、お互いの利害は一致しているのよぉ)」


「(絶対一致してないですわ……。ヴェロニカさんが割に合わないのでは……)」


「(細かいことはいいんじゃないか? 俺達に襲いかかろうとした罰だ。……それよりそろそろ始まるぞ)」


「え、何が──」


 セシルの言葉はミーシャの大声に掻き消された。


「エリオ!! 騙されないで! この人達はきっと王女様の護衛なのよ? そうすると、私達の目的の為には敵対関係に……」


「さっきからうっさいなぁ! 俺は決めたんだ! お姉さんは俺が守る!!」


「エリオくん、ミーシャちゃんの話もちゃんと聞いてあげないと──」


「もう、いい! エリオのバカ!! 大バカ野郎!」


 そう言ってミーシャはエリオの頬にビンタを放つ。

 ミーシャの右手がエリオの頬を打った瞬間、彼の身体は街道脇の茂みまで軽々と吹き飛んでいく。


「風魔法で手を加速してたわぁ」


「なかなか過激な子だな……」


 茂みの中には、びくんびくんと痙攣を繰り返すエリオの身体が転がっている。


「エリオくんっ!」


 ハルナは魔法真剣を抜きながら茂みに駆け出し、彼の治療を始める。


「まぁまぁ、落ち着いて、ミーシャちゃぁん。お姉さんがとぉってもいい事を教えてあげるわぁ」


 未だ鼻息の荒いミーシャに擦り寄るようにミュルサリーナが声を掛ける。


「な、何よ! 言っとくけどあんたたちは敵なのよ! 敵の言葉を聞くわけがないでしょう!」


 しかしそんな言葉を無視するように、ミュルサリーナはミーシャの耳元で何かを囁く。


「え……そんな……すごい方が……」


「えぇ、治療院についたら私から紹介してあげるわぁ」


 ミュルサリーナの話を聞いて、ミーシャの機嫌も幾分直ったように見えたが、グレインは不安を覚える。


「ミュルサリーナは……一体何を言ったのでしょうか……。わたくしの耳でも全く聞こえませんでしたわ」


「……どうせろくな事じゃないから、気にしない方がいいと思うぞ……」


 グレインはそう言いながら、治療院で修羅場が待っている事を予感する。

 その時、街道脇の茂みからエリオの声が聞こえる。


「お姉さん、ありがとう……ミーシャから助けてくれてありがとう! 俺……お姉さんが大好きです! お姉さんを守れるように強くなる!」


「あらあらぁ……うふふっ。若いって……いいわねぇ」


 エリオの様子を見てニヤニヤが止まらないミュルサリーナの隣で、ミーシャが風魔法の魔力を練っている。


「はぁ……。皆さま……早く治療院に向かいましょう……」


 セシルがため息混じりにそうこぼすのであった。

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