第190話 こいつが一番の危険人物

「すまねぇッ! あんたらには大変な迷惑を掛けた。あんなクズをサブマスターにしていた俺の責任だ!」


 ギルド裏庭での戦闘を終えた翌日、バナンザギルドの応接室に招かれたグレインとトーラスであったが、入室するなりバルバロスが土下座をする。


「分かった分かった。謝罪は受け取るから、いつも通りにしてくれ。却って話がしづらい」


「グレインの言う通りですね。まずは頭を上げて下さい。……それで、後始末はどうなったんです?」


 トーラスがバルバロスの身体に手を添えてゆっくりと引き起こす。


「あぁ……タタールの秘書を努めてた奴らについては見つけ次第全員拘束、大急ぎで身元の調査中だが、ほとんどの奴は経歴詐称してやがったよ。……闇ギルドの構成員である可能性が濃厚だ。まぁ……半分ぐらいは既に生きちゃいないがな」


「まさか、タタールが死んだ事で自ら死を……」


「いや、例の魔女の自宅裏に転がってやがった。……バラバラの肉片になってな」


「あー……。魔女ってミュルサリーナの事だよな。調査前だったのに悪いことをした。……ちなみにやったのは俺じゃなくてアウロラだからな」


「いや、誰がやっても問題ねぇ。あの場にいた時点で現行犯だし、間違いなく闇ギルドの関係者だろうよ。それよりも……嬢ちゃんは大丈夫なのか?」


 アウロラの事が余程心配なのか、バルバロスの表情は暗い。


「昨日治療院に向かった後、ハルナが夜通し看病してどうにか命は助かったみたいだ。今は魔力を使い果たしてぶっ倒れたハルナと一緒に治療院で寝てるよ。ただ……あれはちょっと普通の傷じゃなさそうだぞ? たったあれだけの怪我で、ハルナの治癒魔力が尽きる事自体が想定外だ」


「……なぁおい……。瀕死の人間を見て『たったあれだけの怪我』って言うのは常識外れだと思うんだが、俺の基準がおかしいのか? あんな半死人みたいな怪我、治せる方がおかしいだろうよ」


「あ、言い忘れてたが、俺達はヒーラーの、ヒーラーによる、ヒーラーのための冒険者パーティ、『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』だからな。回復治療は専門分野だ」


「なんか物騒な名前のパーティだな……。って事は、タタールをぶっ殺したそっちのひょろい兄ちゃんも、本職はヒーラーなのかよ」


「いえ、僕はこのパーティには入っていない、ただの通りすがりの闇魔術師、トーラスと申します」


 そう言って、額に手を当てて気取ったポーズをキメるトーラス。


「ただ妹にくっついてきただけだろ」

「そんな物騒な奴が通りすがるんじゃねェよ」


「そっ、それで、ヴェロニカさんはどうしようか」


 二人から思いがけない集中砲火を浴びて、トーラスは慌てて話題を変えようと額に当てていた右手を横に突き出す。

 直後、空中に生み出した黒霧からヴェロニカの身体を引っ張り出す。

 当然、いつものように手足には黒霧がまとわりついて拘束しているが、ヴェロニカも闇空間の中で散々抵抗したのか、その表情には既に諦めの色が見えており、なすがままトーラスに引きずられる。


「なぁ……この兄ちゃん、トーラス……だったか? ……得体の知れねぇ闇魔術を使いこなして、誰よりもこいつが一番の危険人物なんじゃねぇか?」


 バルバロスはトーラスの様子を見ながらグレインに囁く。


「あぁ、そこに気付いちゃった? 実はそうなんだよな……。下手したら闇ギルド首領よりもヤバい奴かも知れな──」


「二人とも、ボソボソと何話してるんだい?」


「「ヒイッ!」」


 いつの間にか二人の背後に回り、肩に手を置くトーラス。


「な、何でもねぇよ。……ヴェロニカが可哀想だなって思っただけだ」


「「「…………」」」


 バルバロスの咄嗟の言葉に促されるように、三人は拘束されたヴェロニカを見て沈黙する。

 そして彼女もまた、俯いたまま何も身動きをしない。

 どれだけの時間が過ぎたか分からないほど、グレインには長く思えた沈黙を破ったのは、ヴェロニカであった。


「……ご主人……さま…………タタール……さま……は……?」


「タタールなら死んだぞ」


 グレインがそう告げると、ヴェロニカは首を傾げる。


「それは……うそ……? ほんと……?」


「おい、てめぇまさか俺の顔を忘れた訳じゃねぇよなぁ?」


 バルバロスが、ヴェロニカの前に歩み寄る。


「マス……ター……。……バル……さん……?」


「なんだ、しっかり覚えてるんじゃねぇか! 言っただろ? このバナンザギルド、一度役職に就いた奴ァ、……死ぬまで…………死ぬまで、足抜けを許さねェって…………よく生きてたなぁ! ヴェロニカ!!」


 そう言って、大粒の涙を流しながらヴェロニカを抱き締めるバルバロス。


「バル……さん……。……バル……さん!」


 それにつられるように、ヴェロニカも涙を流す。

 そんな二人を見て、グレインとトーラスは静かに応接室から退室する。


「たとえどんなになっても、生きてさえいりゃ、どうにでもなるんだな……」


「……うん、そうだね。僕も、小さい頃は自分の商会が全てだと思ってたから、それを手放してこうして生きていけるとは思わなかったよ」


「そういえばあの商会の財産ってどうなってんだ?」


「全てを捨ててきたからね……。もう連絡もとってないから分からないけど、国の管理になって国庫に没収されたとか、アドニアスの手の者が会頭になってたりするんじゃないかな」


 そんな話をしながら、二人はギルドの建物をあとにする。

 外に出ると、眩しい陽射しが容赦なく二人の目を細めていく。


「ヴェロニカもここからちゃんと人生をやり直せるといいんだが……。タタールが居なくなったとは言え、まだ誰かに操られてないか不安だよな」


「じゃあ聞いてみようよ」


「ん? 誰にだ?」


「何を言ってるんだい? 君のところには魔族のスペシャリストがいるじゃないか」


 こうして二人は、宿屋のサブリナの元へと向かって歩き出したのであった。

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