第180話 僕の名前はトーラス!

「俺がアウロラの魔法でトーラスに成り代わって数日過ごしてみて、怪しい奴からの接触がなければ無罪ってことにしたいんだ」


 グレインはその場の全員に向けてそう宣言した。


「ちょっと待って? そんなの向こうから接触してくるとは限らないじゃない。あいつの方から連絡するような形だったらどうするのよ?」


「その場合でも接触しに来るんじゃないか? 幽霊船の時だって、俺達が乗ると決めてすぐ乗り込んだのに情報が渡ってたんだ。内通者はかなり頻繁に連絡をとっていた可能性が高いからな。通信経路が途絶えたら心配になって様子を見に来るだろ」


 腕組みをしたまま唸るナタリア。


「んー……。もしそれで問題ないとあんたが判断してあの変態を蘇生しても、あたしは信用できないわね」


「そういえばお前、さっきから徹底してトーラスの名前呼ばないよな……」


「変態に変態って言って何が悪いのよ」


「じゃあ一つ聞くが、あいつのどこがそんなに嫌なんだ?」


「何かしらね……とにかく生理的に受け付けない、というのが近いかしら。前に肩を触られた事があるんだけど、……それを思い出しただけで全身に鳥肌が立つわ」


「それじゃあ、ナタリアでも信用できるように、目覚めた時のトーラスにもう少し揺さぶりをかけることにするか。まぁ、それは俺がトーラスに化けてる間に考えておくよ。……じゃあアウロラ、そろそろ頼む」


「集中が必要だから……ちょっと待ってねー」


 アウロラが自らの胸の前に濃密な魔力を集める。

 それから彼女は両手を伸ばし、紫色の煙のように見える魔力の塊をそっとグレインの頭上に浮かべ、そこから全身に向けて下ろしていく。


「『擬態模倣ミミクリー・プリテンダー』」


 グレインは頭からその紫色の煙をくぐるが、自身では特に変化を感じない。

 しかし、彼を見ていた仲間達の表情がみるみるうちに青ざめていく。


「う、うわっ……。ほんとにあいつにしか見えないわ……」


「……すごいですっ……」


 あんぐりと口を開けて固まっているナタリアとハルナ達。

 グレインはそんな一同を訝しむように見回す。


「みんな、本当か? 本当に俺がトーラスに見えるのか? 俺は何も変わった感じがしないんだが……。みんなでからかってるんじゃないのか?」


「大丈夫、どっからどう見てもあの変態にしか見えないわよ。頼むからあたしの傍に寄らないでね」


 そう言って顔を顰めるナタリア。


「……言われるとやってみたくなるのが人情ってやつだ」


「ヒィッ! なに……すんのよぉっ!!」


「あがぁっ……!」


 グレインは悪ふざけでナタリアに抱き付こうと近付き、彼女から全力の平手打ちを喰らうのであった。

 その鋭い音と同時に、グレインの姿が元に戻る。


「「「「…………」」」」


「……戻っ……たの?」


「……えぇぇー……。ナーちゃん……。認識阻害の魔法って、強い衝撃を受けたら効果が消えちゃうんだよ。あーあ、掛け直しだぁー」


 ナタリアにジト目を向けるアウロラなのであった。



********************


「リリー、みんな、俺……ぼ、僕の名前はトーラス! ヘルディムに残してきた商会はつぶれちゃったけど、持ち前の度胸と明るさで有名人になるのが夢なんだ」


 気を取り直してアウロラに再度魔法をかけてもらい、偽トーラスになったグレインは、仲間全員の前で自己紹介の練習をしていた。


「……まだまだ演技力が足りないわね。それに、そのそわそわ落ち着かない態度を改めなさいよ。どっからどう見ても不審人物だわ」


「声も若干上ずっていますねぇ」


「手も小刻みに震えておるのう」


「兄様は……度胸と明るさなんて欠片も持ち合わせていないです」


「みんなの審査基準がもの凄く厳しい!! ……とりあえず、いつまでもここで練習してたって仕方がない。そろそろ行くよ。『グレインは薬草採取で数日前に森の奥に入ったっきり戻ってこない』とか適当に誤魔化しておいてくれ」


「それ、ギルドに伝わったら遭難案件になるわよ? 冒険者ギルドの依頼で捜索隊が結成されて、報奨金に目がくらんだ輩が血眼になってあんたを探し始めるわ」


「ナタリア、もう少し言い方ってもんがあるだろ」


「無いわよ。サランギルドでも、近所の迷いの森でたまにあったのよ。そのたびにギルドの金庫から報奨金にあてる金貨を運び出す辛い思い出……」


「じゃ、じゃあ俺は行くぞっ!」


 思い出に涙ぐむナタリアから逃げるように廃屋を飛び出すトーラス──否、グレインであった。


「頑張ってねー」


 アウロラは自分の魔法の出来映えに満足しているようで、満面の笑みで手を振ってグレインを送り出す。


「さて、私達も浜辺に戻りましょうかっ! ティアちゃんの護衛に残してきたセシルちゃんの様子も気になりますし」


「そうじゃな。まぁ、浜辺には近衛騎士もハイランド殿もいたし、問題ないじゃろ」


 そう言って、廃屋を出ていくハルナ達。



「……ねぇ……さっきの魔法なんだけどさ……」


 廃屋の中でアウロラと二人きりになったナタリアが、彼女に声を掛ける。


「んん? 見事だったでしょー。あの偽装はかなりの自信作だよ」


 そう言ってナタリアにドヤ顔を向けるアウロラ。


「あの魔法を自分に掛けて、……誰かに成りすましたことってある?」


「…………あるといえばあるし、……ないといえばないかな。……あちこちの街で情報収集する時に便利なんだよー。カッコイイ男とか絶世の美女とか子供とか、相手に合わせて臨機応変に、ねー」


 アウロラは少し悪戯な笑みを浮かべてそう答える。


「そう……。あまり使うんじゃないわよ? あと、犯罪行為に使うとか以ての外だからね」


 そう言って廃屋を出ていくナタリアだが、自らの背中を、アウロラが険しい表情で見つめていた事には気が付かなかったのであった。

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