第151話 先に進みましょう

「お、無事にみんな来たな」


 木陰に座るグレインが声を掛ける。


「なによ……結局さっきと同じような森じゃないの。ここって……ほんとにローム公国なの?」


 グレインに続いて転移魔法で転移してきたナタリア達であったが、転移前と代わり映えのしない景色にナタリアが疑問を投げかける。


「ナタリアさん、ほら、そこの木にへばりついてるスライムをよく見てみてよ」


 トーラスは、ナタリアのすぐ脇に生えている巨木の幹から垂れ下がるスライムを指差す。


「ひゃあっ! ……びっくりしたぁ……。こんなの、サランの近くにいるスライムと変わらないじゃないのよ」


「ほんとにそうかな?」


 トーラスはそう言って、不敵な笑みを浮かべる。

 するとハルナがスライムに近寄り、観察を始める。


「うーん……。どこからどう見ても、これは森でよく見かけるスライムですねっ」


「確かに、いつも見てるものと同じですわね」


「そうだな……。一体どこが違うってんだ?」


 さらにはセシル、グレインまでもが疑問を呈する。


「あ、あれ……? す、スライムの色だよ色! 王都とかサランの近くの森に出るスライムは水色じゃないか。こいつも見た目水色なんだけど、よく見たら若干緑色掛かっているように見えないかな?」


「「「「見えない」」」」


「えっ……」


 明らかにショックを受けた様子のトーラスであったが、なおも食い下がる。


「じゃ、じゃあこっちの木の葉っぱはどうだい? ヘルディム王国に生えてる同じ種類のものよりも、葉の形が若干ダイナミックだと思わないかい?」


「「「「思わない」」」」


「じゃじゃ、じゃあこの苔の形は──」


「兄様……そんな事どうでもいいから……先に進みましょう」


 リリーがそう言うと、トーラスはがっくりと膝をつく。


「あ、ついに心が折れたようだぞ」


「大丈夫……兄様はほっとけばそのうち復活する……。それか、小さくて可愛い女の子を見つけた時か……」


「それってどうなんだ……」


「筋金入りの変態よね」


 リリーの言葉に呆れるグレインとナタリアであった。


 兎にも角にも、兄には冷たいリリーの言葉に後押しされるように、グレイン達一行は、グレインを先頭に森の中をひたすら進むのであった。


「なぁ、一つ聞いていいか?」


 おもむろにグレインが口を開く。


「進む方角は……こっちで合ってるのかな?」


「「「「「「えっ……」」」」」」


「あ、あ、あんたまさか……」


 ナタリアが口元をわなわなと震わせる。


「ん? 俺は方角知らないぞ。リリーが進みましょうって言ってたから、とりあえずその時向いてた方向に歩き始めただけだし」


「この馬鹿!! 適当に歩き始めてどうすんのよ! せっかくヘルディムから脱出できたっていうのに、もしかしたら今またヘルディムに向かって歩いてるかも知れないじゃないのよ!」


 ナタリアが渾身の力を振り絞ってグレインの頭をはたく。


「いっっってぇぇぇぇ!!」


「……とりあえずさっきの場所に引き返しましょ」


 そう言ってナタリアは踵を返して歩き始めたため、グレイン達もナタリアに着いていくように引き返す。


「そういえば、ここはもうローム公国の領内なのでしょうか?」


 全員が黙々と歩く中、ティアがふと疑問を口にする。


「うん、そのはずだね。僕、ポップに乗ってる途中で、国境の砦を飛び越えていったから。ね、ポップ」


「ププゥ!」


 トーラスに首筋を撫でられたポップは得意げに嘶くが、対照的にナタリアは驚く。


「えっ!? あんた砦を飛び越えていったの? ……よく見つからなかったわね……」


「まぁ、砦の兵士達から見れば、単に馬が空を飛んでるだけだからね。ごくごく自然な景色さ」


「「「「絶対自然じゃない」」」」


「ちょっと待ってよ……。もしトーラスが砦の兵士に見つかってたとしたら? そもそも、あたし達は国境を……砦の検問を通過してないから、不法入国者なのよ……?」


「……ポップの後を追って、砦の兵士達が今頃森の中を探し回ってたりしてね。でもまぁ、たぶんそんなことはないよ。だってただの空飛ぶ馬を見ただけなんだから」


「「「「その認識がおかしい」」」」


 突然、グレインが手を叩く。


「そうか! ポップがそんなに高く跳べるんだったら、誰かがポップに乗って跳んで、上空から方角を教えてくれよ」


「それは名案ですわ! ではわたくしが!」


 そう言うなり、セシルはポップの背に飛び乗る。

 ポップも嬉しいようで、セシルが首筋に手を回したのを感じると、即座に上空へとジャンプする。


「……ねぇ、待ってよ……」


「おーい、セシル! 砦の方角を教えてくれ!」


「ねぇ、待ってってば」


「それと、見たことない街があれば、その方角も一緒に頼む!」


「ねぇ! あんた達! 少しは話を聞きなさいよ! 揃いも揃って馬鹿なの!? もし森の中に、あたし達不法入国者を探してる兵士がいたとしたら、セシルが目印に──」


「「「貴様等、止まれ! 動くな! 手を上げろ!」」」


「──なるわよね……やっぱり。はぁ……」


 ナタリアは額に手を当て、言わんこっちゃない、とばかりに溜息をつく。


「いや、手を上げればいいのか、動いちゃ駄目なのかハッキリしろよ」


 突如目の前に現れた騎士達の言葉に思わずそう発言するグレイン。


「ぐぬぬ……。じゃあ手を上げろ! 不法入国者共め」


「はい、手を上げましたー。ちなみにあなた方はどちら様でしょうか?」


 グレインは両手を頭上に上げながら正面の騎士に問いかける。


「堂々と国境を乗り越えておいて、まだしらを切るか! 我等はローム公国の国境警備兵である!」


「ほらね! ここはローム公国だったでしょ? 僕の転移魔法に狂いはなかったんだ!」


 トーラスがドヤ顔で宣言する。


「そうか、貴様が転移魔法で不法入国の手引きをした主犯だな? 続きは国境の砦で聞こう!」


 そう言って、警備兵はトーラスをロープでぐるぐる巻きにしていく。


「えぇぇ? また縛られるの? もう懲り懲りだよ……」


 泣きそうな声でそう呟くトーラスなのであった。

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