第149話 手っ取り早いだろ?

「それではトーラスさま……行ってらっしゃいませ!」


 セシルはそう言ってにこやかに手を振る。

 今、トーラスは体中をロープでぐるぐる巻きにされた状態で、ポップの背に固定されている。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕はまだ行くことに了承してる訳じゃ……」


「トーラスさまなら、きっとポップの全速力に耐えられますわ。ポップはローム公国付近に着いたところで引き返してくれる手筈ですので、万が一途中でトーラスさまが命を落とされたとしても、ちゃんと身体は戻ってきますので何も問題ありませんわ」


「……ねぇセシルちゃん、それって問題大ありじゃない?」


 トーラスは、身体の中で唯一自由に動く頭部だけをセシルに向け、恨めしそうな顔でそう言った。


「もし亡くなられていた時は……リリーちゃんやラミアさんと協力して、立派なお墓を建てる事をお約束しますわ。安心なさって下さいませ」


「うーん……。僕はお墓の心配よりも、今ここに生きている生身の身体の方を心配して欲しいなぁ」


「それは当然わたくしも心配ですわ……。でもこの作戦を考案したのは……」


 そう言って、セシルはグレインを横目で見る。


「だって……手っ取り早いだろ?」



********************


 グレインとトーラスが回復した後、『ポップを呼んだは良いが、どうやって移動するか』という議論になったのである。


「ポップに馬車を引いてもらって、みんな乗っていけばいいんじゃないでしょうかっ!」


 ハルナが立ち上がり、元気よく提案する。


「おぉ、さすが俺の娘だ! 頭も冴えてるじゃないか!」


 レンが得意気にそう言って笑うが、即座にグレインが否定する。


「冴えてないだろ! 肝心の車体はどうするつもりなんだ? 最寄りの街で借りるなり買うなりしても、そこから足がついて行き先がバレるぞ?」


「あ……。考えてませんでした……。そうだ! この森の木で作るのはどうでしょうかっ!」


 グレインは溜息をつきながら一同を見回して言う。


「この中で大工仕事が得意な人はいるか? ジョブが大工向きの人でもいいが」


 皆、周囲を見回すだけで誰も手を挙げない。


「俺達みたいな素人が作った馬車を、ポップが引いたらどうなると思う? 俺とハルナ、セシルは、以前借りた馬車でさえもぶっ壊れたのを経験済みだよな」


「わたくし達素人の作った馬車であれば、間違いなく木っ端微塵ですわね」


「あぁ。だからポップに引いてもらうには相当手加減をしてもらわないといけなくなる。つまりはノロノロ走行だ。だが、騎士団の連中は俺達を追跡しているはずだろ? そんな中、街道をノロノロ走ってたらあっという間に追い付かれるぞ」


「た、確かにそうですね……。そこまで考えていませんでした」


 ハルナがしょんぼりとした様子で地面に腰を下ろすのと入れ替わりに、レンが立ち上がる。


「貴様……ハルナの考えを否定するとは……! その首、今すぐ叩ききってくれるわ!」


 レンが剣を抜いた瞬間、その場の空気が震えるほどの剣気が彼に集中する。

 しかし次の瞬間、その剣気は霧散する事になる。


「うるさい!!! 黙りなさい!!」


 突然ナタリアがレンを怒鳴りつけたのであった。

 これにはレンも驚いて、すぐさま抜いた剣を鞘に戻す。


「お互いに不本意だろうし、亡命するまでの短い間だけではあるけど、あたし達は仲間のようなものなのよ? こんな所で無駄に戦力減らしてどうすんのよ!」


「し、しかし、愛娘を侮辱されたのだぞ! 俺はどうにも我慢ならん!」


「まぁ確かに、ハルナがせっかく考えを言ってくれたのに、否定だけするってのも駄目よね。グレイン、あんたも代案を出しなさいよ!」



********************


 そうして出たのが『ポップに乗ってトーラスだけローム公国まで往復し、転移魔法で移動する』という案なのであった。


「俺が『みんなのためにトーラスには犠牲になってもらおうぜ』って言ったとき、誰も反対しなかっただろ? つまり……全員が共犯ってことだ」


「『共犯』ってなんだよ!? やっぱりみんな、これが良くない事だと思ってる証拠じゃないのかい?」


 トーラスは必死に頭を持ち上げてグレインに抗議するが、グレインが彼の耳元で何やら囁くと、トーラスの態度は一変する。


「……分かった。皆のために、僕は行ってくる。犠牲になるよ。セシルちゃん、見ていてくれ」


「はい、かしこまりました。……行ってらっしゃいませ、トーラスさま」


「兄様……さようなら」


「リリー、縁起でもないよ……」


 セシルはペコリと一礼し、一同とともにポップとトーラスから離れる。


「ププルゥ!」


「ふうぅっ! おあぁぁぁぁぁ……」


 ポップは短く嘶くと、猛烈な土煙とトーラスの悲鳴を残して空の彼方へと消えていく。


 何も見えなくなった空を見上げながら、グレインはセシルに小声で話しかける。


「トーラスが戻ってきたらさ、さっきあいつが蘇生した時みたいに、また膝枕してやってくれないか?」


「は、はい……。承知いたしましたわ」


 その時、セシルとグレインの背後から二人の間に割り込むようにナタリアが入ってくる。


「トーラスの態度が急に変わったと思ったら、そういうことだったのね……。あの変態野郎め……!」


「な、ナタリアか……。何の事かな……」


「惚けても無駄よ! あんたも同罪だわ! この変態野郎共!」


 グレインの頭にナタリアのゲンコツが炸裂したのであった。

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