第139話 単なるサボりでした
「ミスティちゃんが見たのはここまでだよ〜。あとはずっと息を殺して噴水の陰に隠れてたの」
一同は沈黙に包まれる。
「ウチ……あんな人知らない。闇ギルド構成員の、一番下っ端の下っ端なのかな……」
沈黙を破ったのはアウロラだった。
「いや、あれどう見ても仕込みよね? 事前に誰かが手を回してたんじゃないの? 殺される間際に何か言ってたわよ。ちょっとミスティ、その場面だけもう一回見せてくれる?」
「おっけ〜」
ミスティがそう言うと、近衛騎士達に取り押さえられた侵入者へと、アドニアスが歩み寄り、剣を抜く場面が鏡に映し出される。
「ほら、ここで余裕たっぷりだった犯人の表情が変わるでしょ?」
「そうか? うーん……そう見ようと思えばそう見える……かな?」
ドヤ顔のナタリアと、首を傾げるグレイン。
「それに……ここよ!」
『ちょ、ちょっと待て! 話がちが──』
『問答無用!!』
「ほら、話が違うって言おうとしてたじゃない」
「噴水がシャワシャワいってるからよく聞き取れなかったぞ」
相変わらず反応の薄いグレインに、ナタリアは少しむっとする。
「ミスティ、もう一回!」
その後、ナタリアのリクエストで何度も映像が繰り返されるが、映像を何度見ても、ナタリア以外は確信に至るほどの決定的な証拠ではないという見解であった。
「も、もう一回!」
「姐さん、もうやめましょうよ〜。みんな顔色が悪いし……」
ナタリアが周りを見ると、リリーとナタリアを除く、ほぼ全員が青い顔をしており、セシルに至っては気持ちが悪いのか、手を口元に当てて鏡から顔を背けている。
「ど、どうしたのよ、みんな!」
ナタリアは一同の異変に気が付き、驚きの声を上げる。
「いや、あいつは誰だか知らない男だが、人間が首を刎ねられるシーンを何度もリピートして見せられてんだぞ? そりゃ気持ちも悪くなるって」
少し恨めしげな目でナタリアを見ながら呟くグレインの言葉に、トーラスやティアも無言で首を縦に振る。
「あ……。全然気が付かなかったわ」
「むしろお前は何で平気なんだよ」
「だって家畜を捌く時だって、首を刎ねるし腹を切り裂くし、同じことよ。あんた達冒険者だって、モンスターから素材を剥ぎ取る時も同じ事してるじゃないの」
「それと人間を一緒で考えられるお前はすごいよ……。っていうかお前、家畜を捌くのか?」
「当然よ! 酒場で出す肉料理の食材は、ほとんどあたしが捌いてるんだから。ハルナ、あんたが好きなメテオミートボールの肉だってそうなのよ」
「サブマスターが食材を捌くとか、ほんとこのギルドどんだけ人手不足なんだよ。……っていうかこんな時に具体的なメニュー名を出すんじゃない!」
呆れるグレイン。
「ミレーヌ、そういえばあんた、『血が苦手』って言って解体作業はほとんどやってなかったけど、暗殺者なのよね? ……なら平気なんじゃないの?」
「……はい。この際だから言いますけど、あれは単なるサボりでした」
「……あんたには死刑になる前に、これまでサボった分の解体をやってもらいたいぐらいだわ」
「ふふっ、今なら解体をやる気に満ち溢れているんですけどね。何万匹だろうとすすんでやりたいぐらいですけど、残念ながら私は明日、騎士団に引き渡されて死刑になりますからね。あぁー、残念だなー」
棒読みでそう言うミレーヌを見て、ナタリアは笑顔を浮かべる。
「大丈夫よ、あなたのお望み叶えてあげるわ。ここに食材を運び込むから捌いてもらえる? ……大丈夫よ、明日までまだ時間はあるから。どうせ死刑になるんだったら、寝なくても問題ないわよね? うふふふ……」
たちまちミレーヌの顔が青ざめる。
「あの、サブマスター? 先ほどは少し言い過ぎたと言いますか、あのその私、やっぱり血を見るのが……」
ナタリアが鉄格子越しに手招きをする。
ミレーヌはおずおずと鉄格子に近寄ると、ナタリアは彼女の耳に唇を押し付けるぐらい近付けて、何事かを囁く。
途端にミレーヌは鉄格子から後退り、首を左右にぶんぶんと振る。
「やりますっ! 是非ともやらせていただきます!」
「そうよね、分かってくれればいいのよ」
得意気なナタリアだったが、周囲の者達は彼女を見て若干引き気味であった。
「「「「一体何を言ったんだ……」」」」
ナタリアだけは敵に回すまいと心に誓う一同であった。
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