第133話 お安い御用じゃ

 グレイン達が小屋の外に出ると、上空には真っ赤に燃えた隕石が見えていた。

 小屋の外で修行をしていたレンやハルナ達も、上空を見てぽかんと口を開けている。


「す、寸止めするつもりだったんだけど、いつもの癖で……」


 既に涙声のラミアは必死に釈明をする。


「そんな事よりラミア、あんたがあれを何とかしなさいよ! 自分で呼び寄せたんでしょ!」


「さすがに落ちてくるのは止められないわ!」


「大丈夫よ、あんたが得意の魔法で空に飛んでって隕石と衝突して砕けて散りなさい! 世界を救う……あんたが救世主になれる瞬間よ!」


「そんなこと出来るわけないじゃない!」


 ナタリアとラミアは半ばパニック状態でギャアギャアと騒いでいる。

 そうしているうちにも、次第に隕石は大きくなっていく。


「しょうがない……。姉さん……お仕置きを受けてもらうよ?」


 トーラスがラミアの手を握る。


「あっ……弟様、一体何を……」


 トーラスはそのままサブリナのところへ歩いていく。


「サブリナさん、貴女のヒールでラミアの全魔力を僕に送り込んでくれないか?」


「……ほう……お安い御用じゃ」


 サブリナは笑顔でそう答え、トーラスとラミアの手を握る。


「それではいくぞえ。『変換治癒トランス・ヒール』・『再変換治癒リトランス・ヒール』、同時発動じゃ!」


 サブリナのヒール発動と同時に、トーラスは片手を空に突き出し、頭上に黒い霧を生み出していく。

 その霧はみるみるうちに広がっていき、ついには辺り一面の上空を丸ごと覆ってしまう。


 次の瞬間、上空から地鳴りのような音が響き渡る。


「キャアアアアッ!」


 あまりの音に、ナタリアはグレインにしがみつく。

 トーラスはそれでも上空に片手を翳したまま、微動だにしない。

 しばらくして、轟音が止んだところでトーラスが呟く。


「もうそろそろ……良さそうだね」


 彼が指を鳴らして黒霧を晴らすと、そこには隕石一つない、いつも通りの綺麗な青空が広がっていた。


「た、助かった……。あたし達、助かったのね!」


 グレインと抱き合って喜ぶナタリア。


「隕石は闇空間に放り込んでおいたよ。もっとも、姉さんの魔力がなければあんな巨大な物を入れるのは無理だったけどね」


 トーラスが涼しい顔をして言った。


「……そうだわ、元はと言えばラミアが原因だったわね。あの女にはきつーいお仕置きを……あら?」


 ナタリアがラミアを見ると、彼女は地面に大の字になって倒れ、口から泡を吹いている。


「ラミアァーーッ!」


 ラミアの異変に気付いたダラスが、慌てて駆け寄る。


「お、お前は、自分の命を危険に晒してまで世界を救ったのか……。お前こそ、救世主だ!」


「「「「自作自演……」」」」


「トーラス殿のやっていることを見て、妾の魔力も使おうかと思ったが……こやつの魔力だけで何とか間に合ったようじゃ。まぁその代わり、こやつはほぼすべての魔力を使い果たしたので、しばらくはこの状態じゃろうな。呼吸も満足に出来ないじゃろうから、さぞ苦しかろうて」


「じゃあ……お仕置きはまた別の機会にするわ」


「これでもまだ足りないのかよ……。見ていてこっちが苦しくなるほど辛そうだぞ? ……っていうかダラス、あんた今までどこに居たんだよ」


「俺は師匠や冒険者と共に、大師匠の修行を受けていたのだ」


「大師匠……?」


「俺にとっての師匠はハルナさんだ。レンさんは師匠の師匠だから大師匠だ」


「なるほど……ただ、そいつ犯罪者だぞ」


「剣の道に犯罪など関係ないのだ!」


「いや関係あるだろ! ……せめて犯罪については考慮してくれよ」


 そこまで言って、グレインは思い出す。


「ナタリア、小屋の中に……!」


「あっ!」



********************


「アーちゃん、ミレーヌ、ミゴールさんもごめんなさい。すっかり置き去りにしてしまって」


 ナタリアは、小屋に入るなり、檻の中の犯罪者に謝罪していた。


「いやいや、構わんよ。死刑になるのがちと早くなったと、そう思っておっただけじゃ」


「ナタリア、もう一人いるだろ?」


 グレインは寝藁の山を掘り起こす。


「あれ、何処いったんだ? このあたりかな……あ、いたいた。おい、ティア、もしかして寝てるん──」


「キャァァァ! ど、どこを触ってるのですかっ!」


 寝藁を跳ね除けて、ティアが飛び上がるように躍り出る。


「あ、あなたは……どさくさに紛れて私の身体を弄ぶなんて」


「いや、ちょ、ちょっと待てよ。確かに柔らかかった……じゃない! 単なる事故だ! そもそもお前がすぐ藁から出てくれば……あれ、ここだけ何か濡れてるな……?」


 グレインの言葉を聞き、ティアの表情が一気に固くなる。


「無理もないわよ。真偽の程は別にしても、突然あんな事を聞かされたら……」


 ティアの心境を察したナタリアがそう言いながら、セシル、トーラスも彼女に歩み寄る。


「ティア……もしかして……漏らしたのか!?」


 全く空気の読めない、そしてデリカシーのないグレインの発言により、このあとティアは堰を切ったようにわんわんと泣き出し、グレインはナタリアやセシルからボコボコに殴られるのであった。

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