第132話 国王殺し

「国王殺し……だって!?」


 思わずグレインは声を上げる。


「何だ、貴様らは?」


 アドニアスが振り返り、グレイン達を見るが、その目からは、明らかな蔑みの感情が溢れている。

 グレイン達は一瞬たじろぐが、ナタリアは一歩前へと進み出る。


「お初にお目にかかります、アドニアス様。私はここサランギルドの臨時マスター、ナタリアと申します。こちらの者達は、闇ギルドの幹部達を捕縛した冒険者達です」


「そうか、それは大儀であった。追って褒美を取らせるから、有難く受け取るがいい」


 アドニアスはそう言うと、再びアウロラを見る。


「国王殺しって……なに? ウチは王族に恨みなんか無いよ!? ウチが殺したいほど憎いのは、あんただけだよっ!」


 アウロラはアドニアスを睨みながら怒鳴る。


「……自分で計画を練った癖に、まだしらを切るつもりか。おい、『事実』を話してやれ」


 アドニアスは傍らの護衛騎士に声を掛ける。


「はっ! 畏まりました! ……昨夜、王宮に闇ギルドの工作員が忍び込み、近衛騎士および国王、王妃を殺害する事件が発生。犯人はその後、偶然その場を通り掛かった、私を含む王宮騎士団員数名とアドニアス様の手で、現行犯ということで殺害した」


「なんでその犯人が闇ギルドだって分かるのよっ! 偽物かも知れないじゃない!」


 護衛騎士は薄ら笑いを浮かべてアウロラの質問に答える。


「使っていたのは闇魔術だったんだ。……そう、あっちの檻の爺さんが拘束されているのと同じような、な。それに、『闇ギルド万歳! アウロラ様に栄光あれ!』と叫びながら死んでいったんだ。これはもう間違い無いだろう」


「どんな奴なのさっ! 人相を教えてよ! それが分かれば偽物だって証明でき──」


「黙れ! この罪人が!」


 そう言って護衛騎士は腰の剣を鞘に納めたまま、檻の隙間から差し入れてアウロラを殴りつける。


「ちょ、ちょっと待って! ……下さい。彼女たちはまだ容疑者であって、犯人と確定したわけではないですし、裁きを受けていない者に暴力を加えるのはまずいのでは?」


 ナタリアが抗議して、護衛騎士の暴力を止めようと割って入る。


「いいんだよ、こいつらはどうせ明日には死刑だ。止めるんじゃねぇ! こいつの所為でこの国も……俺達騎士団もバラバラになって、ついには国王陛下まで……!」


「きゃあっ!」


 護衛騎士はナタリアを突き飛ばし、再びアウロラに鞘を何度も振り下ろす。

 突き飛ばされたナタリアはグレインが受け止めたので怪我はなかったのだが、小屋の中にはアウロラが殴られる度に鈍い打撃音が繰り返し響く。


「ほどほどにしておけよ。裁きを受ける前に死なれたら困るからな」


 アドニアスは護衛騎士達にそう告げると、小屋の出口へと歩いていく。

 しかし、檻の中から聞こえた声が、彼を呼び止める。


「……王族殺しで死刑になるのは貴様じゃないのかの? アドニアス」


 アドニアスはその歩みを止め、静かに振り返る。


「……ただのくたばり損ないが、何を……言うか……」


 吐いて捨てるように言うアドニアスだったが、次第に彼の目は大きく見開かれていく。


「まさか……顔がよく見えんが、貴様……マイヨール師か……?」


「ほぉ……まだその名を覚えている者が居ったとはのう」


 トーラスは、何も言わず指を打ち鳴らすと、ミゴールの顔を取り巻いていた黒霧が晴れていく。


「やはりそうか……。まだ生きておったとはな。……ただ、裁きを受けるのは総裁だけで十分だ。おい、お前達! こっちなら死んでも構わんぞ」


 アドニアスはアウロラに暴力を振るっている騎士団員を呼び寄せる。


「死んでもって……だめよっ! 裁きを……正式な裁きのもとで刑罰を受けるべきだわ!」


 アドニアスの元へ集う騎士団員達とミゴールの檻の間にナタリアが割り込む形で立ち塞がる。


「サランギルドマスター……ナタリアだったか? 国家反逆の大罪人を庇うとはどういうことだ? ……貴様も同罪とみなすぞ?」


「彼らは裁きで有罪と決まったわけではありません! ですので、ここでこれ以上の暴力を振るうことは、私が許しません!!」


「宰相のこの私に逆らうつもりか?」


「ギルドの中は治外法権なのよ! 宰相だろうと国王だろうと関係ないわ!」


「……いい覚悟だ。では同罪とみなすぞ」


 アドニアスの言葉を受けて、騎士達は無言で剣を抜き、各々の得物をナタリアに向ける。


「おいクソ髭、待てよ! ナタリアは何も悪くないだろ!!」


 グレイン達は一斉にナタリアの元へと駆け出す。

 トーラス、リリー、サブリナがナタリアの前に立ち、グレインはナタリアに寄り添う。

 グレインがナタリアを見ると、彼女の膝は細かく震えていた。


「大丈夫だ。お前は間違ってないし、俺達はお前を支持する」


「グレイン……みんな……ありがとう」


「それに、もうすぐこの一帯は粉々に吹き飛ぶからな」


 グレインが親指でさっきまで立っていた場所を指すと、そこには両手を天に掲げて大仰な詠唱を始めているラミアの姿があった。


「なっ! このギルド丸ごと吹き飛ばすつもり!?」


 ナタリアの大声を聞き、騎士達もラミアの詠唱に気が付き、狼狽え始める。


「チッ……王宮に戻るぞ、お前達」


 アドニアスは騎士達を引き連れ、小屋から出て行く。


「た、助かったわ……。ありがとう、みんな」


 ナタリアが安堵の声を漏らす。


「儂ら闇ギルドはアドニアスの失脚を目標としておったのじゃ……。それが何故、王までも……っくぅぅッ……」


 ミゴールは檻の中で涙を流していた。


「とりあえず国王殺しの件は、アウロラじゃない誰かの陰謀だってことだけは間違いな──」


「みんな逃げてっ! さっきの魔法、間違って発動しちゃったの! もうすぐここに隕石が落ちてくるから!!」


 グレインの言葉を遮り、慌てた様子でラミアが駆け寄ってくる。


「えぇぇぇぇっ! あんた、やっぱりギルドごと吹き飛ばすつもりだったんじゃないのよ!」


 ナタリアがそう叫ぶと同時に、グレイン達は一目散に小屋の外に駆け出す。


「結局ウチらって……」

「裁きを受ける前に……」

「死ぬことになるのかのぉ」


 檻の中に取り残されたアウロラ、ミレーヌ、ミゴールがぽつりと呟くのであった。

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