第112話 叩き潰す

「トーラス、辛いと思うが、まずはあれを頼めるか?」


 セシルの胸で泣いていたトーラスが、ふらりと立ち上がり、『大丈夫』と頷いて防音魔法を発動する。


「これは防音魔法だ……です。心配しなくても……いい。それじゃあ……な、なんでこんな所にお姫さまがいる……いらっしゃるんだ……ですか?」


 グレインはたどたどしく目の前の女性に尋ねる。


「王宮を放棄して逃げてきちゃいました」


 自らを姫と名乗ったティグリスは、てへっと舌を出してそう告げた。

 見れば彼女の腰まである白金色の髪のところどころに、蜘蛛の巣や埃がまとわりついている。


「ティグリス……さん、いやティグリス様、あなたは……本物ですか?」


 グレインは相変わらずたどたどしく、おまけによくわからない質問を返して皆から白い目で見られている。


「『本物ですか?』と聞かれて、『はい偽物です』と答える人はいませんわ。……全くもう……」


 深い溜息を吐くセシル。


「なんか緊張しちゃってな……」


 頭を掻いて苦笑するグレインを尻目に、セシルはティグリスの目の前に立つ。


「……ティグリス様は、御自分が王家の者だと証明する手段をお持ちですの?」


「これになります」


 そう言って、ティグリスは右手をセシルの目の前に差し出すと、その右手の甲に青白い紋様が浮かび上がる。


「これは……! 王国の紋章ですわ!」


「これは代々ヘルディム王に受け継がれる魔法なのです。……私は、王宮を脱出する直前に、正式にヘルディム国王の座を継承してこの紋章魔法を引き継ぎました。他国の王も同様の魔法を継承していますので、信用してもらえるはずです」


「つまり……ティグリス様は、今の正式な国王という事……ですの?」


「はい、そうなりますね。第二十一代ヘルディム国王となりました」


 ティグリスがそう言った途端、セシルではなくグレインが反応する。


「これはとんだご無礼を! 皆の衆、頭が高いぞ」


 そう言って、土下座するグレインとハルナ。

 しかし、その他の者達は立ったままであった。


「グレインさん、……何も無礼をしていませんわ」


「グレイン……ハルナちゃんまで……僕達にはあまりふざけている時間はなさそうだよ」


「ダーリン……そういう意味では妾も女王なのじゃが……」


 セシル、トーラス、サブリナが静かにグレイン達を見下ろしている。

 グレインはハルナを伴って立ち上がり、話を再開する。


「……分かった、真面目に話をしよう。それで……なんであんたはこんな所に?」



***

「(ふざけるのをやめた途端に『あんた』呼びですわよ)」


「(ちょっと有り得ないよね。王族に、というか国王に向かって『あんた』って)」


 セシルとトーラスがひそひそ話をしている。

***



「私の事はどう呼んでいただいても構いません。所詮は、国を捨てて国外へ助力を求めて亡命するしかできない王なのですから」


 ティグリスにも二人の会話が聞こえていたようだ。


「それにしたって王様が、護衛もつけずにこんな夜中にこんな所へ寄ったってのは、ちょっと不用心すぎないか?」


「……グレイン、もう朝だよ? 屋敷にいた時から既に夜が白み始めていたし、さっき洞窟の入り口から光が差してたじゃないか」


 トーラスが呆れた目でグレインを見る。


「あ……入り口の光は姫様の……いや、王様の後光かと思ってた」


「グレインさんったら、お上手ですね。私は国王と言っても神様でもなんでもなくって、つい先日成人したばかりの、ただの人間ですよ」


「いやー、姫様のあまりの美しさに──いってぇぇぇ!」


 セシルがグレインの足を思い切り踏んでいる。


「そんな話をしていても埒があきませんわ。護衛がいない理由、この洞窟を訪れた理由、そしてティグリス様の目的地を教えていただけませんこと?」


「セシル、姫様相手にもいつも通りだよな……」


 グレインはセシルの様子を見て感心する。


「護衛は……いました。もともと信用に足る者がさほど多くはなかったのですが、その者達と逃げてきたのです。……が、王宮の隠し通路を通る際に、追手が来たら食い止めると言って半分が残り、残りの半分も隠し通路の出口、つまりこの森の中で、モンスターの襲撃から私を守って……。それで命からがらこの洞窟を見つけたのです。私は多くの護衛が擲った命の上に生かされているのです」


 そう言うとティグリスは、一筋の涙を流しながら話を続ける。


「……この洞窟も、最初はモンスターの巣穴か、盗賊のねぐらじゃないかと警戒をしていたのですが、中から聞こえてくる話し声の内容が、どうにもこの国を……闇ギルドをどうにかしようというお話でしたので、つい入ってきてしまいました。私の目的も、ヘルディム王国を取り囲む国々の協力を取りつけて、闇ギルドの包囲網を作ることでした。もう……この国はおしまいです。王宮の騎士達は次第に疲弊してきているのと、冒険者ギルドの一部が闇ギルドと結託して、騎士団の戦力を分断しようとしています。これでは、王宮が攻め落とされるのも時間の問題です。かくなる上は、一度この国を闇ギルドに明け渡し、闇ギルドもろともこの国を外から潰して、再興するしかないと考えました」


「アウロラの周りにいた騎士は闇ギルド側についた奴らか……。でも俺達の事を国家反逆罪にするとか言ってたよな?」


 グレインが首を傾げるが、そこへセシルが口を挟む。


「おそらく……王宮騎士団の周りでは様々な情報が錯綜して混乱している筈ですわ。なので、『敵』か『味方』の簡単な構図に落とし込んで、騎士団を一気に闇ギルド側に引き込もうとしていたのかも知れませんわね。……わたくし達はその『敵』役に選ばれたのかと」


「確かに……騎士団は誰が敵で誰が味方なのか、見分けがつかない状態に陥っていましたね。なので、騎士団も王宮も、闇ギルドも全部壊してしまいたいのです」


 ティグリスが頷きながらそう言った。


「意外と過激な考えをお持ちのようで……」


「そうですか? 国を守りながら、一人ひとり闇ギルドの関係者じゃないか探っていくよりも、全部まとめて一気に叩き潰した方が面倒がないですよ」



***

「(お姫様が『叩き潰す』って、なかなか使わなそうな言葉だよね……)」


「(そうですわね……。リリーちゃんがトーラスさまの事を『お兄ちゃあん』って呼ぶぐらいレアな発言でしょうか)」


 相変わらずひそひそ話をしているトーラスとセシル。


「(あー、それは確かに珍しいね! 最近は『兄様……』しか言わないからなぁ)」


 不意に二人の肩が叩かれる。


「セシルさん……『お兄ちゃあん』……死んでみる?」


 恐怖で背後のリリーに振り返ることすら出来ない二人なのであった。

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