第113話 カッコいい名前

「結局、ティグリスは俺達のことを信用してくれるのか?」


「(わわっ、いきなり呼び捨てですの!?)」


 グレインの言葉に驚く様子のセシル。

 ティグリスは特に動じる様子もなく、笑顔で淡々と答える。


「はい……目的は皆さんと同じです。……それに……ソルダム商会のトーラスさんのご友人でしたら、信用できる方達です」


 ティグリスはちらりとトーラスを見ながらグレインに答える。


「……なんだ、最初からトーラスを知っていたのか……。あんたはその上で俺達を試したのか?」


「あわわわ……」


 何故か怯えるセシルにグレインが気付く。


「ん? セシル、どうかしたのか?」


「あの……さっきからグレインさんの言葉遣いが酷いですわ。仮にもこの方はヘルディム国王ですのよ?」


「仮ではないですけどね……。まぁ、その事でしたらご心配は無用です」


 ティグリスがセシルを見てにっこりと笑う。


「私の事は別の名前で呼んで下さい。この名前だとすぐに身バレしてしまいますので」


 『それでしたら良いのですが……』と引き下がるセシル。

 グレインは顎に手を当てて考える。


「なんて呼べばいいんだ?」


「あ……できれば凄くカッコいい名前を付けてくれませんか?」


 笑顔で注文をつけるティグリスであった。


「うーん……。本名が『ティグリス・アリア・ヘルディム』だったよな……。適当に文字を拾って──」


「ねぇねぇ、『殺戮のプリンセス・リア』とかどうかな?」


 グレインを遮ってトーラスが案を出す。


「何で二つ名までつけてるんだよ! むしろその物騒な二つ名で正体バラしてないか!?」


「『プラチナウサギ・アリア』とかはいかがですの?」


「なんでプラチナ……って髪の色か! ウサギは?」


「かわいいから……ですわ……」


 顔を赤くして俯くセシル。


「はぅっ! セシルちゃんもリリーと同じぐらいかわいい……。『電撃幼女・ティグリア』はどうだろ──」


 いつの間にか、トーラスの首筋にリリーのナイフが添えられている。


「兄様……一度死にましょうか……。幼女でもないし……電撃って……意味がわからない」


 リリーはトーラスをキッと睨みつける。


「いや、今セシルちゃんを見た時に、身体に電撃が通ったような衝撃を……」


「……じゃあ、それを何故セシルちゃんじゃなくて姫様に付けるの……? 兄様は……馬鹿なの? この……浮気者!」


「あぁ……妹にそんな蔑んだ目で見られるのもまた格別だ……」



 そんな二人の様子を見ていたグレインが、セシルに耳打ちする。


「セシル、あの変態と親しくなるのはやめておいたほうがいいぞ?」


「へっ、変態ではありませんわ! トーラス様は……憧れの魔術師ですわ!」


「そんなこと言って、お主トーラス殿のことを好いておるであろ? 妾にはお見通しじゃよ」


 グレインとは反対側の耳に囁き掛けるサブリナ。


「もう! お二人とも、からかわないでくださいまし!」



「……皆さま……私の事は……」


 わいわいと騒ぎ出した一同を見て、ポツリと呟くティグリス。


「「「「あっ」」」」


 ばつが悪そうにグレインがティグリスに向き直る。


「じゃ、じゃあ今の案を統合して……姫の名前は『プラチナ電撃殺戮幼女・アリア・リア・ティグリアウサギ』と呼ぶ事に──」


 グレインは目の前に、先ほどまでの笑顔が思い出せないほど、呪いをかけてきそうなレベルのジト目でこちらを見ている姫がいることに気が付き、慌てて誤魔化そうとする。


「──というのは冗談で……本命のハルナさんお願いします!」


 まさかのハルナへの無茶振りであった。

 ハルナはぽかんと口を開けていたが、期待するような眼差しでこちらを見てくるティグリスを見て、必死に考えを巡らせる。


「あ、ではティグリスとアリアから、『ティア』ちゃんで……どうでしょうか?」


 次の瞬間、ティグリスはハルナに抱きついていた。


「ありがとう、ハルナ! とっても素敵な名前ね! みんな、今日から私はティアよ! 気軽に呼び捨てで呼んでね!」


 そう言って、ティグリス改めティアは、ハルナの頬にキスをする。


「はわわわわっ……!」


 ハルナは顔を真っ赤にして棒立ちしている。


「さっきまでの呪い姫はどこ行った……。まぁいいや。それじゃあ、そろそろ行くか。ティア、達者でな。……またどこかで会えるといいな」


 グレインはティアに別れの挨拶をする。


「ん? 何を言っているのです? 私もご一緒させていただきますよ」


「えっ」


 呆気にとられるグレイン。


「あ……、では正式に。私ティアは、トーラスさん、グレインさん達に、『ヘルディム包囲網』を構築するまでの護衛をお願いしたいです。……その、国を捨てた身ですので、すぐには報酬をお支払いすることはできないかも知れませんが……出世払いということでどうにか……」


「国王がこれ以上出世しないだろ! ……俺達で良いのか? 俺とトーラスは特に闇ギルドに命を狙われてる身なんだ。あまりお勧めはしないぞ?」


「……いえ、貴方達がいいのです。同じ目的を持つ方々でないと、何処かで困る場面が出てくると思いますので。国のためにその命を散らしていった騎士たちに報いるため、私はこの命を失っても、絶対に闇ギルドを滅ぼさないといけません」


 グレインは首を左右に振り、ティアに言う。


「ティア、それは違うな。護衛の兵士たちは国のためもあると思うが、お前の命のためにも死んでいったんだ。だから、お前も命は簡単に捨てるんじゃないぞ? 守れる限りは……守るけどな」


「……という事は!」


「あぁ、冒険者パーティ『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』として、ティアの護衛を引き受けよう。あ、トーラスとラミア、ダラスはおまけだ」


「「「おまけ」」」


「ありがとうございます! これから……よろしくお願いします! ……ね、ハルナちゃん!」


 何故かハルナにウインクするティア。


「それじゃあ、防音魔法を解除するね」


 そう言ってトーラスは黒霧を晴らす、と同時に、洞窟の入り口を睨む。


「ティア……さん、尾行されてたかもね。外に誰かいるよ」


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