第104話 汚点

「ん? 魔力が……止まったか? あー、もう十分と判断したのかな。まぁこれだけやれば、な……」


 中庭でそんなことを呟くリーナスの前には、トーラス、グレイン、セシル、サブリナが倒れている。

 リリーの治療をしていたハルナを中庭から脱出させる隙を作るため、彼らは命懸けでリーナスに飛び掛かり、返り討ちにあったのであった。

 その甲斐あって、ハルナはリリーを抱えて、辛うじて中庭から脱出できたのだったが。


「全く、お前達は逃げるのが好きなんだな。どいつもこいつも逃げ出したけどな、後で見つけ出してちゃんと始末してやるぞ。だからお前達は安心して死んでいいからな? ハハハハッ!」


「……魔力が……止まったと……言っていましたが……。ラミアが……こほっ……。でも……わたくし達には……もう余力が……」


 セシルはリーナスに殴られた衝撃で壁に叩き付けられ、そのままうつ伏せに倒れている。

 もはや彼女は気を失う寸前であった。


「す……まぬ。……妾に、もっと力があれば……」


 サブリナはリリーと同様、全身傷だらけで地面に横たわっており、そのサブリナを庇うように、グレインが折り重なる形で蹲っている。

 リーナスは、当初サブリナをどう扱うか迷っていた様子であったが、最終的には彼女も他のメンバーと同様に暴力の対象となっていた。


「……グレイン、すまない。……僕の闇魔術が……ちゃんと使えたなら……。もっと早く……助けを呼べたなら……こんな事には……」


 中庭に大の字で倒れて天を仰ぐトーラスが、グレインに声を掛ける。

 そのグレインは、最後の力を振り絞り、よろめきながらも立ち上がる。


「……おそらくだが……闇魔術と一緒に……通信魔法も封じられてた……だろ。だから、俺達が……早く戻って……いれば……っ、ぐっ……!」


「まぁ、今更そんなことを言ってもどうしようもない……ね。そろそろ終わりか……。セシルちゃん、……もし、生まれ変わって……別の世界で会えたら、その時は……一緒になってくれるかな?」


 トーラスは死を覚悟したのか、セシルに最期の言葉を掛ける。


「……トーラスさ……うれし……」


 セシルはそのまま気を失ってしまう。


「この期に及んで愛の告白とは、色男は違うねぇ。あ、逆に死に際だから言ったのか? まぁどっちでもいいけどな。希望通り、同じ世界に生まれ変われるように、同時に殺してやるよ」


 リーナスは、トーラスとセシルのやりとりを見ながら嘲るように言ったが、次の瞬間、その視線はふらふらと立ち上がったグレインに向けられる。


「でも、まずはお前だ、グレイン! 俺はな、長年縛り付けられてたお前という足手まといの枷を外して、自由になったんだ。闇ギルドの力も借りて、戦士から暗黒騎士って新たなジョブにも生まれ変わった! ……たかがジョブなしの人間が、この暗黒騎士様に敵うと思ったのが間違いだ」


 リーナスはそう言うと、グレインに歩み寄り、右手の拳を振りかぶる。

 その瞬間、グレインが口を開く。


「もう……いいだろ。出番だぞ」


 リーナスは首を傾げながらも、拳をグレインに振り下ろそうとする。

 しかし、その拳がグレインに当たることはなく、彼の耳は肉隗が地面に落ちる音を聴く。

 リーナスが右を見ると、足元には肘より先の自分の右腕が落ちている。


「なっ……!」


 リーナスがその光景に驚くと同時に、今度は反対側から同じ音を聴く。

 彼は慌てて左に振り返ると、今度は切り離された左腕が勢いよく転がっていくのを目にする。


「たとえ一時でも、貴様がリーダーだったことは、俺の人生において一番の汚点だ」


 その声は、リーナスの背後から聞こえる。


「随分ギリギリじゃないか。こっちは死ぬかと思ったんだぞ」


 目の前のグレインは、リーナスの背後に立つ人物に言葉を掛けている。

 リーナスは恐る恐る背後を振り返ると、そこには、かつてパーティメンバーであった暗殺者の男──ダラスが立っていた。


 ダラスは重力操作で闇夜に紛れて上空に待機しており、好機を狙っていた。

 途中でラミアがリーナスへの魔力供給を断つために飛び出していった時にも、上空から彼女の様子を監視、無事に作戦が成功したことを確認して屋敷に戻ってきたのである。


 そしてダラスは上空から一気に急降下して、その勢いでリーナスの右腕を切断、返す刀で左腕を切断したのであった。


「お、俺の腕が! 魔力は、闇魔術はどうなってるんだよ! 折角痛みを無くしてもらったのに、腕が無くなっちまったじゃねぇか!」


 突如狼狽え始めるリーナス。


「そうか……痛みを無くしたから、腕が斬られても反応が鈍かったのだな。自分が痛みを感じない状態で、弱者を一方的に痛めつけるとは……。その行いたるや、何と下衆なことか」


 ダラスは持っている短剣をリーナスに向ける。

 止めを刺そうとしたその時に、グレインが制止する。


「ダラス、待ってくれ。……ハルナを……呼んできてくれないか。おそらく近くには居る筈だ」


「私ならここにいますっ!」


 渡り廊下の物陰からハルナが姿を現す。


「リリーちゃんの容体が落ち着いたので、ベッドに寝せてこちらの助力に参りました」


「よかった……助かったか。ハルナ、早速で悪いがトーラスを治療してくれ。その後でセシルを頼む」


「わかりましたっ!」


 ハルナはトーラスに駆け寄り、治癒剣術の矢を突き刺す。


「あぁ……助かったよ。ありがとう。……やっぱりヒーラーは偉大だね」


 トーラスはそう言うと、微笑んで立ち上がる。


「トーラス、頼みが──」


「こういう事だよね?」


 立ち上がったトーラスは、即座に黒霧でリーナスを包む。

 突如、トーラスは人とは思えぬほどの絶叫を始める。


「痛みを感じない魔術を分解、同時に痛みを倍加する状態にしておくよ。あとは手足の拘束だ。……あ、手はもう無かったね」


「あ、あぁ……。痛みの増幅までは考えてなかったけどな」


「倍加の魔術は人数分重ね掛けしておくよ。グレイン達五人と僕、ラミアとダラスで八重に倍加しておく。八倍の痛みを思い知るんだ!」


「……ん? 倍の倍の倍の……トーラス、どうも八倍じゃ無さそうだぞ」


「はぁ……二百五十六倍ですわ。とにかく、わたくし達の痛みを思い知っていると思いますわ」


 ハルナの治療を終えたセシルが、溜息をつきながらそう言い放ったのであったが、その直後。


「トーラス様……先ほどのお言葉は、愛の告白……ですわよね?」


 獣のような声を上げているリーナスの脇で、セシルが顔を真っ赤にしながら、トーラスに迫っている。


「「「え? 今?」」」


 空気を読めと言わんばかりのグレイン達であった。

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