第105話 羨ましかった

「みんな、大丈夫!?」


 息も絶え絶えにラミアが中庭に駆け込んでくる。


「姉さん……ありがとう。大丈夫、もう終わったよ」


「ぐぎぃぁやおぉぉぅあああぇぇぇあ!!」


 リーナスは、もはや獣ですらない、ただ苦痛の叫び声を上げる存在となっていた。


「この鳴き声、耳障りだよね……」


 そう言いながらトーラスが、リーナスをすっぽりと黒霧で覆うと、中庭に静寂が訪れる。


「これで良し。音だけじゃなく、中からも外からも干渉できないようにしたよ。……霧の所為で、少しだけ中の様子が見づらくなったけどね」


「……っ! リリー……リリーはどこ!?」


 ラミアが何かに気付いたように、周囲をきょろきょろ見回して狼狽えている。


「リリーちゃんなら先ほど治療を終えて、今はベッドで眠っていますよ」


 胸に手を当て、安堵した様子のラミアであったが、その目からは涙が流れていた。


「良かった……みんな無事だったんだ……」


「……なぁ、お前は本当にラミアか? また操られていないだろうな?」


 グレインが訝しげにラミアを見るが、トーラスは笑いながらそれを否定する。


「グレイン、心配ないよ。ここにいるのは正真正銘、ラミア姉さんだ。……どういう風の吹き回しで性格が真逆にねじ曲がったのかは分からないけどね」


「俺を殺そうとしたり、虫けら以下の存在だと言ってみたり、そして今は普通に姉さんか……。なんかコロコロ変わって忙しいな」


 言い方に棘のあるグレインの言葉を聞いて、ラミアはびくりと体を震わせる。


「グレイン、今更……あなたにした事を許してほしいとは思っていないの。私は虫けら以下の生きてる意味もない存在だと、今でも思っている。でもね、私考えたの。リーナスに供給されている魔力を断ち切るために走っていた時、なんでこんなに一生懸命に頑張ってるんだろう、以前は殺そうとしてた相手なのに、って。そしたら、分かった。私、この家の財産のためにトーラスとリリーの二人を殺そうとしてたけど、それはただの言い訳で、家にも財産にも、そこまで興味は無かった。……単純に、二人が……羨ましかったんだと思う」


「羨ましい……?」


「えぇ、そうよ。グレインは知らないかも知れないけど、私、ソルダム家の当主の実子じゃないの」


「あぁ、そのあたりの話はなんとなく聞いたな」


「私は母と二人でこの家に転がり込んできたんだけど、その母も実母じゃないの。……私の本当の両親は、どこにいるのか分からないの。私が生まれてすぐ、母はどこかに行ってしまったの。それで父は仕方なく私を引き取って、すぐ継母と再婚して一緒に暮らし始めた。でもその生活も長くは続かず、今度は父が行方をくらませた。そこから私の地獄の日々が始まったの。継母は私を奴隷のように扱い、何度も殺そうとしたの」


「あのお母さんが実の親じゃなかったのは僕達も知らなかったな……」


 トーラスは驚いた表情でラミアの話を聞いている。


「そして毎日のように虐待が繰り返されたある日、継母は思いついたの。私をお金持ちの家に嫁ぐための道具にしよう、ってね。そこからは不憫な親子を演じるための演技指導と、資産家に気付かれずに尾行する訓練が始まった」


「虐待の次は演技指導と尾行の訓練……ラミアの性格がコロコロ変わりやすいのはそのあたりも関係しているのかも知れないな……」


 グレインはそんなことを呟く。


「そして引っかかった金持ちというのがトーラス、あなたのお父さんよ」


「……」


 トーラスは眉一つ動かさず、平然とラミアの話を聞いている。


「お前の親父さん、ずいぶんとしょうもない嘘に引っかかったもんだな」


 グレインはそんな事をトーラスに言うが、彼は無反応だった。


「作戦はこう。お父さんの前にね、泣きながら歩いて現れるのよ。勿論、泣き真似じゃなく本当に涙を流すように演技指導が入っていたわ」


「本格的だな」


「そしたら、声を掛けてくれるでしょう? 『どうしたんだい、お嬢ちゃん』って。そこまでいけば勝ったも同然よ。後は迷子になったと言いながら、継母のところまで探す振りをしながら連れていく。私の役目はここまで。あとはそれを切っ掛けに継母が話を広げて、今こういう立場になってるってわけ」


「そこから結婚までこぎつけるってどうなってんだ? そっちの方がある意味凄いぞ……」


「だから、お義父さんと仲睦まじい家庭を築いていたトーラスとリリーが妬ましかったの。私には両親がいなくて、暴力をふるう継母しかいなかったから……。それが分かって、全員リーナスに殺されるかも知れないって状況に置かれて、初めて気付いたの。トーラスとリリーの二人は何も悪くないのにって。私が勝手に……勝手に……うぅぅ……幸せな家庭を壊してしまった……。あなたのお父さんの命も……」


 ラミアは涙で声を詰まらせながら話している。


「例の事故……だね?」


 トーラスが静かにラミアに問う。

 ラミアは俯いたまま、僅かに頷き、ぽつりぽつりと話を再開する。


「私……どうしても継母が……許せなかった……。それで、あの女が旅行に行くときの馬車の車輪に、時限式の爆裂魔法を仕掛けたの。目的地のすぐ手前で、片方だけ車輪が吹き飛ぶように計算して、ね」


「それで、トーラスの親父さんとその継母が事故死したって事か」


「私……お義父さんも一緒に行くなんて……知らなかったの。あの女、いつも一人で豪遊していたから……。ごめんなさい、トーラス。」


「姉さん……ようやく全部話してくれたね。これで僕達には貴女を恨む理由が『無くなった』」


 ラミアはどういうことかと首を傾げている。


「父は……全て知っていたんだ」


 トーラスは静かに話し始める。

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