第090話 ごあいさつしたくて
「ミクル……あぁ……とにかく無事で良かった……」
グレインから身体を離したサブリナであったが、今度はミクルと呼ぶ、活発そうな少女に抱きつく。
その勢いで、ミクルの長髪がふわりと舞い、日の光を浴びて赤茶色に輝く。
「おねえちゃん……迎えに来てくれたの?」
「あぁ、そうじゃ。みんなでヘレニアに帰ろうな」
「やったぁ! みんな病気は治ったの?」
ミクルはサブリナに問い掛けるが、サブリナは質問の意味を理解できない。
「病気? なんの事じゃ?」
「ミクル聞いたんだ! ヘレニアの町でみんなにうつる怖い病気が出たから、子どもの人から順番に王都に避難させるんだって。それで、病気がうつるといけないから、この街から出ちゃいけないって言われたの」
サブリナは振り返り、グレインを見るが、グレインは首を左右に振るだけであった。
「……あぁ、みんなの病気は治ったのじゃ。それでこうして迎えに来たんじゃよ。……ミクル、みんなの所へ案内してくれるかな?」
サブリナはミクルに話を合わせる。
「ご飯の時間だから、みんなももうすぐくると思うよ! ミクルもお肉もらってくるね!」
そう言って、ミクルはサブリナから離れて、焼いた肉を配る男のところへと駆け出して行った。
「のう、どう思う? 嘘をついている素振りは感じられなかったのじゃが」
「あぁ、大方、誘拐した奴らの方が嘘をついてるんだろ。それよりも……あいつらの目的が分からないな。子どもをさらって王都に溜め込んで、何を企んでいるのか」
そうしているうちに、ヘレニアから来た子どもたちも次々と集まってくる。
「おぉ……あれはレミィとガッタ! レイクもおるのじゃ! よかった……皆元気そうじゃ」
再び泣き出すサブリナの頭を、グレインがそっと撫でていると、傍らにトーラスが歩み寄る。
「いつ頃連れて行く?」
「食事が終わってからにするか。それなりに人数いるだろうし、昼寝してる間に運ぶのが楽じゃないかな」
「……なんか、僕たちの方が誘拐犯みたいだね」
トーラスが苦笑しながらそんな事を口にする。
「ところで、僕はヘレニアに行ったことがないんだ。だから転移先はサランでもいいかな? それでも、王都から馬車でヘレニアに向かうよりずっと速い筈さ」
「あぁ……、転移先はサランギルドの訓練場が広さもあるしちょうど良さそうだな。そこで全員いるか確認してから、馬車でヘレニアまで移動する事にしよう」
「分かったよ。連絡しておくね」
そう言ってトーラスは通信魔法を発動する。
「ナタリアさんかアウロラさんはいますか?」
「──はいはい、ナタリアよ」
「誘拐された子どもと接触できましたので、子どもが十人ぐらい乗れる馬車を調達していただけますか? そこまでは僕の魔法で運びます」
「──きゃあっ! さすがはトーラスさん! あっという間に事件を解決しちゃったのね! どっかのバカとは大違い! トーラスさん、やっぱりあたしと結婚しませんか? こう見えても料理は得意で──」
「おいナタリア! 全部聞こえてるぞ! ……どっかのバカで悪かったな。大体お前──」
ヒートアップしそうなグレインの様子を見て、慌てて通信魔法を解術するトーラス。
「言いたい事は直接言うといいよ」
そう告げるトーラスを見て、グレインは苦笑する。
「そうだな……。……なぁトーラス、あの肉配ってる奴らって、闇ギルドの関係者だと思うか?」
「うーん……どうだろうね……。表向きは普通の仕事をしているように見える人も結構いるみたいだからね。一概に関係者かどうか判断できないだろうね」
「じゃあ聞いてみればいいのですわ」
途中からグレインとトーラスの話を聞いていたセシルが、男たちのもとへと歩いていく。
「こんにちは。あなた方の正体を教えて下さいませ」
「「えっ」」
あまりにストレート過ぎる質問に、頭を抱えるトーラスとグレイン。
「お、俺達は王宮の方からやって来た者だで。ただ恵まれない子に食事を提供してるだけだぁ。なんにも怪しいところはねぇだよ」
その様子を見ていたグレインは、ぽつりと呟きを漏らす。
「どうだかな……。自分で『俺が犯人だ』って言う奴なんかいないだろうよ」
********************
「みんな、これからヘレニアに帰ります」
食事を終え、肉を配っていた男たちも去っていき、落ち着きを取り戻した子供達を前にして、グレインはそう告げた。
すると、子どもたちの中からわぁっ、と歓声が上がる。
「ミクルちゃんだけは、頭がいいから王都を出ていいよって先生に言われてるけど、他のみんなも出ていいの?」
子どもたちの一人がそう言った。
「……先生ってのは誰なんだい?」
グレインは発言した子供に、優しく問い掛ける。
「私達をここに連れて来た人だよ? 勉強とかいろいろ教えてくれるの! キョウソサマについてとか」
「キョウソサマ? ……教祖……様……」
子供達の何気ない発言で、グレインは気付く。
「アイシャが……言ってたな……。確か、セフィストも……」
『子どもは洗脳して闇ギルドの戦力にする』
その考えに思い至ったとき、グレインは冷や汗が流れるのを感じた。
もし、目の前の子供達が敵になったら。
自分は戦えるだろうか。
未来ある命を奪うことができるだろうか。
グレインは初めて、闇ギルドの計画の真髄に触れた気がした。
「トーラス、頼む! 一刻も早く、ここから子供達を逃がそう! ……ヘレニア以外の子供達は、あとで王宮騎士団に救出を依頼する!」
トーラスは頷くと、転移魔法と通信魔法を同時に発動する。
「ナタリアさん、これから子供達を訓練場に送ります!」
「──あ! その声はトーラスさんだねー? 今夜の食事、楽しみにしてるよー!」
「あっ、アウロラさん!? ぼ、僕はヘレニアの子供達よりも、あ、あ、あなたとの子供を──」
「「何言ってる馬鹿」」
グレインとリリーが同時にトーラスの頭を叩く。
「うふふっ。……子供、ちゃんと受け入れるからねー」
「う、受け入れっ!? あいたたっ!」
間違いなく勘違いしているトーラスを、再びどつくリリーとグレイン。
「受け入れるのはヘレニアの子供たちだろ……」
「兄様……その腐った脳みそ……そろそろ交換したら?」
同時に、セシルが寂しげな顔をしていたのを、サブリナは見逃さない。
ふんふんと頷き、ニヤニヤするサブリナの横で、ハルナは昼寝した子供を二人、おんぶと抱っこした状態で、残りの子供達を転移渦の中へと誘導していく。
「ハルナが居てくれて本当に助かったよ……」
グレインがそう漏らす通り、『
それはこの状況を傍観しているグレイン自身にも当てはまる事なのであったが。
そして、その場にいた子供達が全員ハルナの誘導で転移した後、ハルナ自らも子供を抱えたまま転移していく。
「これで全員かな?」
そう言ったグレインの傍らには、不安な表情を浮かべたサブリナが立っていた。
「ミクルが……おらんかったのじゃ」
サブリナがそう言うと同時に、少し離れた建物から駆けて来る少女。
「待ってぇー! 置いてかないでぇー! おトイレ行ってただけなの!」
一同は安堵の笑みを浮かべ、セシル、リリーは転移渦に踏み込む。
「早くしないと置いてくぞー!」
グレインは冗談めかしてミクルに声をかける。
そんな事を言いながらも、転移渦の前で待っているグレインとサブリナの元へ、ようやくミクルが追い付く。
それを見て、トーラスも転移渦へと歩を進める。
「おねえ、ちゃん……ハァ、ハァ、やっと……追いついた……。置いてくなんてひどいよぉー!」
「ハハッ、それはすまんかったのう」
「助けてくれたおにいちゃん」
ミクルは、息を整えてグレインの方を見て言った。
「ん? なんだい?」
「おにいちゃんが、助けてくれた人たちのリーダーでしょ? ちゃんとごあいさつしたくて。でも、恥ずかしいから……ないしょ話で」
そう言って、ミクルは口元に両手を寄せて、耳打ちするような仕草を見せる。
グレインは笑顔でサブリナと目を見合わせて頷き、その場にしゃがみ込んでミクルの口元に耳を寄せる。
「ごあいさつってなにかな?」
「(あのね……お別れのあいさつよ。おにいちゃん、あの世でも元気でね)」
次の瞬間、ミクルがナイフでグレインの喉を切り裂いたのであった。
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