第088話 『女神』シリーズ
「グレイン、とりあえず僕達は、これから王都に戻るってことでいいね?」
洞窟の中で、トーラスは防音魔法を発動しながらグレインに確認する。
「あぁ、誘拐された子ども達は、西地区の外れにある小屋らしいぞ」
「西地区か。あの辺りはスラム街だからね……。子どもも多いし、小屋なんていくらでもありそうだね」
トーラスは溜息をつきながらそう呟いた。
「そうなのか……。皆で手分けして子どもたちを探すしかないかな。……ちなみに、トーラスの闇魔術でどうにかなったりしないか?」
グレインはそう言って、少しばかり期待のこもった眼差しをトーラスに向ける。
「いやー、さすがにそれは無理だろうね。僕の闇魔術ってさ、万能なように見えるかも知れないけど、闇空間……次元の狭間のような場所と、この世界を魔力で繋ぐだけなんだよ」
グレインの頭には全力で『?』が浮かんでいる。
「つまり、転移魔法は次元の狭間に送り込む穴が入口、次元の狭間から取り出す穴が出口で、それぞれを今いる場所と、転移先の行きたい場所に作り出すだけなのさ。この防音魔法だってそうだよ。僕達の周囲に、音だけを吸い込んで次元の狭間に送り込む穴を張り巡らせているだけなんだ。それに──」
トーラスはセシルをちらりと見る。
「前にセシルちゃんには見せたけど、魔法障壁も同じだね。魔力の何割かを吸い込んで次元の狭間に送り込むだけさ」
セシルはぽーっと浮かれた目でトーラスを見つめたまま微動だにしない。
サブリナはそんなセシルを見てニヤニヤしている。
「音だけを吸い込むとか、魔力の何割かを吸い込むとか、随分器用なんだな。……芝居は下手なのに」
堪らず、ぷふっと吹き出すリリー。
「その話はもうやめようよ……ねぇ?」
突如、グレインの足元に黒い靄が立ち込める。
「グレイン、君の足元を火山のてっぺんに繋いでも?」
トーラスのこの言葉に、さすがのグレインも冷や汗を流して『やめます』と頷くしか出来なかったのであった。
「ふふっ、……まぁ君達なら言ってもいいか……。僕はジョブがないけど、グレインと一緒で特殊な能力を持っているんだ。『女神の智慧』……無限の魔力制御……僕の思い描く通りに魔力を操る事ができる、そんな能力らしい」
「なっ……! ……そう言えば、この『女神』シリーズって何なんだろうな」
グレインは驚きつつも、ふと湧き出た疑問を口にする。
「それは僕にも分からないな。まぁ、女神様がジョブ無しの人間に与えてくれた慈悲なのかもね」
トーラスはそう言って肩を竦める。
「それじゃあ、大人しく手分けして探すしかないな」
「そうだね。ただ、むこうも襲撃に備えているだろうから、戦力はあまり分散させない方がいいんじゃないかな」
「そこはあまり心配しなくてもいいぞ。何せ奴らは、俺達が今ニビリムに向かっていると思ってるからな。今頃ニビリムに戦力を集めてる筈だ」
グレインはニヤリと口元を歪めてそう言った。
「うーん……それじゃあグレインの言うとおり、相手が騙されてくれてると仮定して、三組に分けようか」
「わ、妾はっ! ダーリンと一緒がいいのじゃ!」
「僕はリリーと一緒が──」
「私は……兄様と別がいい……」
********************
白熱した議論の末、グレイン・サブリナ班、リリー・ハルナ班、トーラス・セシル班で分かれることに決まったのであった。
「よし、それじゃ行くか」
「ちょっと待って」
トーラスがグレインに声をかける。
「グレインと、ハルナさんと、僕で通信できるようにしておこう」
突如、トーラスの掌から指先ほどの小さな闇の球体が二つ、ふわりと浮かび上がり、それぞれグレインとハルナの元へと飛んでいく。
「二人とも、それを片方の耳に詰めてくれる?」
二人は言われたとおりにする。
「──聞こえるかな?」
二人は目を丸くして勢いよく頷く。
「──あははっ、これは小型の通信魔法だよ。音だけで姿は見えない。頷かれても分からないから、声で返事をしてくれるね?」
「「了解!」」
「よし、それじゃあ、行こうか」
トーラスは微笑みながらそう言うが、グレインが待ったをかける。
「なぁ、グループの呼び方を決めておかないか? なんかカッコイイやつを」
「あ、あのっ! ……今回はかわいい動物の名前がいいですっ!」
グレインのおかしな提案に、珍しくハルナが乗っかってきたのであった。
「子供たちに……聞こえても安心を与えられるような、かわいい動物さんの名前がいいと思いまして」
「なるほどな……。……じゃあ俺とサブリナは『血に飢えた狼』で」
「僕とセシルちゃんは『孤独なアリジゴク』とかどうだろう」
「はわわ……。なんか思ってたのと全然真逆ですぅ……」
グレインとトーラスの名乗りに唖然とするハルナであった。
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