第085話 あの世に行こうぜ

「ミスティはヒーラーじゃなかったのか?」


 グレインは鏡面魔法を発動しているミスティに尋ねる。


「そう、なんだけど……。単にジョブがヒーラーってだけ。実際はヒールすら使えなくてさ〜。使えそうな魔法って言ったら……この鏡面魔法ぐらいなのであ〜るっ」


 ミスティは、目の前に浮かぶ鏡をぺちぺちとその手で叩いている。


「でも、これって普通の鏡を召喚する魔法じゃないよな? 実際に、鏡の向こうにはリッツの乗り移ったミスティが写ってる訳だし」


「まぁ、魔法だからね。普通の鏡にも出来るし、今みたいに自分の好きなものを映せる鏡にもできるよ。ちなみに今は『ミスティの中にいる魔族さん』を映す鏡だよ~」


 ミスティの説明を聞いたグレインも、鏡の中のリッツもぽかんとしている。


「グレイン、今の説明を僕から補足させてもらうとね、魔力で作り出した鏡面に物体が映り込むときに魔力で干渉して──」


「あぁ、だ、大丈夫だ。なんとなく理解はしてるからな」


 グレインは、必要なさそうなトーラスの説明が長々と続く予感がしたため、『なんか分からないけど理解した』という事にしてトーラスの話を切る。


「そういえばトーラス、前に闇魔術でアウロラを乗っ取ってたミゴールを引き剥がしたって言ってただろ? あれを使えばミスティからリッツを追い出すことも出来るのか?」


 その言葉を聞き、リッツの身体がびくんと跳ねる。


「出来るけど……出来ないかな」


 トーラスの禅問答の謎かけのような答えに、グレインは首を傾げる。


「出来る……けど? 出来ない?」


「引き剥がすと、既に身体を持たないリッツさんは、この世から消滅するよ? 今、リッツさんの魂に結びついている身体は、紛れもなくミスティさんのものだからね。生きてる人の身体から魂を引き剥がしたらどうなると思う? ……魂は自分の身体に戻るか、あの世へ行くかだ。つまり、リッツさんを引き剥がしても、ミスティさんの身体に戻るか、あの世へ行くか、の選択になるんだ」


「ん? そうすると、最初にリッツがミスティの身体に入ったのって、普通はありえない話なのか?」


「そうだね……詳しくは分からないけど、おそらく……禁術の類なんじゃないかな?」


 トーラスはサブリナをちらりと見ると、その推測が当たっている、と言わんばかりにサブリナは頷く。


「いかにも。魔族が死に瀕したときに、魔力に満ちた己の身体を贄として捧げることで可能となる術じゃな。……ん? でも、たしかあの術は……」


「サブリナ様、違うんです! おやめ下さい!」


 サブリナが術の詳細を思い出そうとしていると、リッツが慌てて止めに入る。

 とはいえ、リッツは鏡の中にいるため、サブリナを止める事はできない。


「おお、そうじゃ! たしか、魂を移転してから数年ののち、魂が身体に馴染んでから再度儀式を行い、乗り移った身体を贄に捧げれば、再び魔族の身体を取り戻せるはずじゃ!」


「サブリナ様、おやめ下さい!! 俺はもう、そんなこと企んでいません!」


 リッツは鏡の中から大声で叫ぶ。


「……おい……リッツ。『もう』ってことは、最初はそのつもりだったんだな?」


 グレインの言葉に、はっとして慌てた様子で口元を隠すリッツ。

 しかし、時既に遅しである事を察したのか、その顔はみるみる青ざめていく。


「リッツ、サブリナにも会えたんだし、もう良いだろ? 大人しくあの世に行こうぜ? ……サブリナにとっては、折角巡り会えた同胞だったのに残念だが──」


「ダメだよっ!」


 グレインの言葉を制したのは、他でもないミスティ本人だった。

 グレインだけではなく、その場の全員が驚き、ミスティを見る。


「ミスティ……?」


「この身体は、ミスティちゃんのものでしょ? じゃあミスティちゃんの判断でどう使おうと自由だよね? ミスティちゃんは、魔族さんとのシェアハウスを希望しま〜す!」


「どういうことだ? もしかしたらそのうちリッツは、お前の身体を完全に乗っ取った上で捨てて、魔族に戻るかも知れないんだぞ?」


 ミスティは目を閉じて、首を左右に振る。


「この魔族さんは、そんな事しないよ……。初めて会ったあの時、確かに全身血塗れでひどい痛みだったはずなのに、『こんなの魔族には大したことないんだ、それより、お金あげるからおじさんについておいで』って言ってた魔族さん、めっちゃ優しかったもんね〜」


「「「「思い切り変質者ですけど」」」」


「お前、騙されてるぞ?」


「いいったらいいの! 魔族さんも、それでいいでしょ〜?」


 鏡の中のリッツは、涙を流して頷いている。


「魔族さん、その状態でも契約できる? 今まで通り、ミスティちゃんが寝ている間はこの身体を自由に使っていい、その代わり、ミスティちゃんが味方と認めた者、およびミスティちゃん本人には一切の危害を加えないこと。ミスティちゃんの言いつけを守ること、を約束して欲しいな」


「……分かった。契約しよう」


 リッツがそう言うと、彼の口元に魔法陣が浮かび上がる。


「これで……」


「「契約完了」」


「さてと……それじゃ依頼でも受けて来ようかな〜」


「ミスティ、待ちなさい」


 そう言って鏡を消そうとするミスティを、ナタリアが引き止めた。


「どうしたんです、姐さ……クソバ……鬼バ……ナタリアさん」


「さらっと鬼ババアって増やしてんじゃないわよ! ……あんた、また依頼受けてギルドに損害与えるつもり?」


「今度は大丈夫ですよぉ〜。何たって依頼は全部魔族さんにお願いするしぃ〜」


「「「「は?」」」」


「ミスティちゃんは依頼を受注して寝るだけ。起きたら依頼終わってるってマジ最高じゃない?」


「任せてくれ! 俺を生かしておいてくれるのであれば、どんな事でもやってみせよう!」


 相手が魔族だろうとお構いなしに、どこまでも利用しようとするミスティの姿勢には、驚き呆れる一同であった。



********************


「ミスティの心配もなくなったし」


「「王都へ、行こう」」


 グレインとトーラスは頷き、トーラスが転移魔法を発動する。


「あ、ちょい待ち。おい、リッツ。そう言えばお前、なんで前の身体は死んだんだっけ? 確かそれ聞いてなかったよな」


 鏡の中のリッツは、ぎり……と歯噛みをして答える。


「貴様等人間に……やられたんだ。ミゴールという魔術師にな!」


「……なんだって?」

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