第070話 魔族

「とりあえず、今後の行動は必ず二人一組にしよう。絶対に一人で行動しないこと……でいいですよね、リーダー?」


 グレインはセシルに了解を取る。


「え? えぇ? わたくしに決定権がありますの?」


 不意を突かれたセシルは目を白黒させている。


「そりゃそうだろ。今のリーダーはセシルなんだからな」


「は、はい。……ではそういう事で……。まずは基本のペアを決めておきましょうか。二手に分かれるときも、その方が早いですわ」


「確かにそうだなぁ……。二手に分かれるぞ! って時に、誰が誰と一緒に行くかなんていちいち決めてられないよな」


「えぇ、その通りです──」


 セシルが丁度頷いた時に、初老の女性、町長夫人がドアを開けて入ってくる。


「──わ。ぼ、ボンクラの癖に多少頭は回りますのね!」


 セシルは慌てて話を取り繕う。


「皆様、夕食の準備がそろそろ終わりますので、食堂にいらして下さいな」


「……奥方様、部屋だけでなく食事のご用意まで、大変感謝しておりますわ。ありがとうございます」


 セシルが頭を下げると、いいのよ気にしないで、と言って笑顔で部屋から出ていく夫人。


「あー、びっくりした。……これは普段から『セシル様』に付き従っていた方がいいのかも知れないな。『セシル様』のことをいっそ『御主人様』とでも呼ぶか」


 グレインが胸を撫で下ろしながら提案する。


「えぇぇぇ!? や、やめてくださいまし! わたくしのことを御主人──」


 そこへ夫人が戻ってくる。


「──様とお呼びなさい! ボンクラ、お前はこのわたくしに意見などできる立場ではないのですわよ?」


 セシルの見事なフォロー。


「そうそう、言い忘れてたけど、お風呂の用意もしますからね。ゆっくり休んでちょうだいな」


 話の切れ目を見て、そう告げる町長夫人。


「……本当に、何から何まで、至れり尽くせりで感謝の言葉もございませんわ」


 再び頭を下げるセシル。


「あたしもあの人も、この村が好きだからねぇ。……また活気を取り戻して欲しいのさ」


 そう言って部屋を出て行く夫人の背中は、どこか寂しげだった。


「くくっ、結局、『御主人様』になっちゃいましたねぇ」


 笑いを堪えながらグレインに話し掛けるハルナ。


「そうだなぁ……。っていうかそもそも、ノックも何もなしで、いきなり部屋に入ってくるのがおかしいだろ」


「まぁ、田舎暮らししてると、そういう感覚になるんですよっ」


「夕食……行こう……御主人様も……ボンクラも……」


 リリーの言葉で、グレイン以外の全員が吹き出す。

 当のグレインは苦笑いだ。

 セシルは全員を見て頷き、声を出す。


「では……皆の衆、いざ食堂へ!」


「「「それはなんか嫌」」」


 何はともあれ、笑顔で部屋を出る一同であった。



********************


 食事を終え、グレインとセシルは夜の町をパトロールしていた。

 ハルナとリリーは町長の家で、待機という名のお風呂休憩である。


「早く戻って風呂入りたいな……」


 グレインはそんな事をぶつぶつと呟きながら夜の町を徘徊している。


「ボンクラ、目下のところ、あなたがこの町一番の不審者ですわ! もう少ししゃんとなさいな!」


「はいはーい、御主人様」


「んもう……。……あら? あそこで何か動いたような……」


 セシルは建物の影が揺らめくような感覚を覚える。


「ん? どこだ?」


 グレインもすぐさまセシルの傍に駆け寄る。


「クックックッ……なんだ、見えておるのか?」


 すると、建物の影、闇がするりと動いてグレイン達の前に立つ。


「そうか……貴様エルフじゃな。エルフの視力、感覚ならば妾の姿が見えるのも致し方無いか」


 その瞬間、目の前に立つ影の纏う闇がどろりと溶け落ちたように垂れ下がり、地面へと吸い込まれていく。

 後に残されたのは、一人の女であった。

 彼女はすらりとした長身で、歳の頃はグレインと同じくらい、紫の髪色に、背には大きな黒い翼がついており、尻尾がゆらゆらと動いている。


「もしかして……魔族ってやつか? 存在するらしいって噂は聞いた事あるが、まさか実在しているとはなぁ」


「わ、わたくしも……初めて見ましたわ。本当に翼があるのですね……」


 グレイン達は顎に手をやり、目の前の魔族の身体をくまなく観察している。


「あ……あれ? 普通はもう少し……腰を抜かすほど驚くところなのじゃが」


 グレイン達を驚かせようとしたのだろうか、魔族の女はあまりに冷静な二人の様子に、逆に戸惑うこととなった。

 そんな彼女の眼前にグレインが進み出る。

 彼は右手を差し出しながら告げた。


「あのっ……握手、してください!」


「えっ、あ、あぁ……」


 握手してもらって満面の笑みを浮かべるグレイン。

 その後ろから、セシルも顔を出す。


「あ、あのっ、その翼と尻尾は自由に動かせるのでしょうか?」


「そりゃあ動かせるが……」


 魔族の女は、セシルに背を向け、彼女の低い身長に合わせて少し屈み、ぱたぱたと背中の翼と尻尾を動かす。


「わぁ……動いてる……。凄いですわ」


「いや、貴様等は一体何者なのじゃ?」


「それはこっちのセリフだぞ? ……今回の神隠しには、お前たち魔族が絡んでるのか?」


「神隠し……? ははぁ、最近この辺りで起きてる誘拐の事じゃな? 妾がそんな下劣な事なぞするわけがなかろう」


「誘拐!? 何か知っているのか?」


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