第069話 ボンクラ

 『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』がヘレニアに到着したのは、その日の夜だった。


「とりあえず……依頼主の村長に話を聞くか」


「グレインさま、村長ではなく『町長』ですよっ!」


「あぁ……すまん。俺ヘレニアには初めて来たんだが、どうもこの風景を見ていると、町って感じがしないんだよな……」


 そうグレインが感じる通り、ヘレニアはとても町と呼べないほどの田舎であった。

 一行はとりあえず町長を探す。


「町長どころか……人っ子一人外を歩いてないぞ? どうなってんだ、ここは……。まさか、村ごと神隠しに!?」


「グレインさま、村ではなく『町』ですよっ!」


「でも、民家には明かりが灯っていますわ。おそらく住民がいるはずですわ」


 そう言って、セシルは最寄りの民家のドアをノックする。

 家の中から出てきたのは初老の女性であった。


「おや、こんな時間にどうしたんだい?」


「わたくし達はこの町からの依頼を受けて来た冒険者ですの。依頼主の町長さんにお会いしたかったのですが──」


「あぁそうなのね。ほら、お上がりなさい」


 女性はセシルの話をみなまで聞くことなく、一行を家へと迎え入れた。

 家は奥行きがあったため、通りから見えるイメージよりも案外広く、グレイン達は応接室のような場所に通されていた。


「今、主人を呼んできますからね」


 そう言って、女性は応接室を出ていく。


 暫くして、口髭をたくわえた老人が応接室に入ってくる。


「やあやあ、君達がサランの冒険者ギルドに出した依頼を受けてくれたのか。儂が町長のドノバンじゃ」


「セシル、いきなり当たりを引いたんだな」


 グレインはセシルの頭を撫でる。


「んぁっ……。……もう、子ども扱いしないで下さいまし!」


 セシルは顔を赤くして怒ったような口調で話すが、顔はやや緩んでいる。


「早速ですが、依頼の……神隠しについてお話を伺いたいです。それと、今晩の宿を確保したいので、宿屋の場所を教えていただけないでしょうか」


 グレインはドノバンに向き直り、目的を告げる。


「生憎じゃが……宿屋はないぞ。このヘレニアは元々ただの農村じゃったから、村人以外の人が訪れる事は想定しておらなんだ。なので、儂の家で部屋を貸そうと思う。少し狭いが、それで勘弁してはくれぬか?」


 グレインはパーティメンバーを見渡し、頷く。


「ご迷惑をお掛けするのも悪いので、宿屋が無いのであれば野宿でも大丈夫ですよ?」


「……儂の家では不満ですかなぁ」


「い、いえっ、決してそういう意味ではありません! ただ、村長にご迷惑をお掛けするかと──」


「(グレインさま、『町長』!)」


「ウォッホン! ……儂は、小さな農村……いや、農村とも言えない、数件の農家から始まったヘレニアを『町』まで育てたことに誇りを持っております」


 ハルナが慌てて耳打ちするが、時既に遅しであった。


「し、失礼しました!」


 グレインは冷や汗を流して頭を下げる。


「それで、神隠しについてじゃが……君達はこの村を見て……どう思った?」


「「「「自分で村って言った」」」」


「あぁ、いえ……単純に出歩いている人が少ないなと思いました」


 ドノバンは頷いて答える。


「うむ……みんな神隠しを恐れているのじゃよ。事の始まりは一ヶ月ほど前……夕暮れ時から夜半にかけて、町の中を歩いていた村の子どもたちが、数日おきにぽつりぽつりと居なくなっていってな。ついにこの村には子どもが居なくなってしまったんじゃ」


「(しつこいぐらいに村って言ってんな)」


 グレインはハルナに小声で話し掛ける。


「そして子どもの次には若者達が次々と姿を消し、村……町の皆は次は自分が……と神隠しを恐れて、家に引き籠もるようになったのじゃ……」


「(お、気がついたぞ)」


「(グレインさま、お話聞いてますか?)」


「(いや、村とか町が気になっちゃって全然話が頭に入ってこないよ)」


「さすがにこのままではいかんと、冒険者ギルドに依頼を出したかったのじゃが、残念ながらこの町には冒険者ギルドがないからの……仕方なく隣町のサランで依頼を出したのじゃ。どうか、神隠しの正体を突き止めてくれぬか?」


「分かりました。 それで、神隠しに遭う人の共通点などはありますか? あとは神隠しが起こる時間帯などが分かれば教えていただきたいです」


 グレインがそう言った瞬間、セシルがグレインの頭をはたいた。


「お前は今の大切なお話を聞いてなかったの? 町長、申し訳ありません。このボンクラには後でよく言い聞かせておきますので今のは気にしないで下さいませ。では、この依頼、『災難治癒師』がお受けいたしますわ」


 突然の事で呆然とするグレインをよそに、セシルはドノバンと話を纏める。


「おぉ、ありがとうございます! 見たところそちらの男性かと思ったのじゃが、どうやらあなたがこのパーティのリーダーのようですな。お名前をお聞かせ下さい」


「わたくしはセシルと申しますわ」


「ではセシル様、何卒よろしくお願い致しますぞ。……では、皆様のお部屋にご案内いたします」


 一行はドノバンに案内されて部屋に入り、ドノバンが出ていったと同時に、セシルがグレインに土下座する。


「グレインさん、申し訳ありませんでした! 先程は無礼な真似を致しました!」


 グレインはセシルの両肩を抱えて無理矢理抱き起こす。


「何言ってるんだ? 謝るのは話を聞いてなかった俺の方じゃないか。今回はセシルの機転で助かったんだぞ。俺の方からお礼を言わせてくれ。ありがとう、セシル」


「グレインさん……」


 セシルは至近距離にあるグレインの顔を見つめ、自然と顔を赤らめる。


「この町にいる間だけ、セシルがリーダーって事で話を合わせよう」


「「賛成です!」」


 こうして、臨時のパーティリーダー、セシルが誕生したのであった。



「……良いパーティじゃな」


 ドアの向こうで、ドノバンが笑顔で呟いた。


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