第064話 好き嫌い

「あいつらの話だと、この辺りに生えてるらしいが……みんな、見つかったか?」


 グレイン達は、竜巻盗賊団と遭遇した墓地を再訪し、手分けして三日月ダケを捜索している。



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 ハルナによるグレインへの刺突を見たセインは、あっさりと三日月ダケの在り処について口を割ったのだった。

 セインにしてみれば、グレインは自分達の盗賊団を壊滅に追い込んだパーティのリーダーである。

 その男をして、土下座しながら『もう二度とこんな事はしません! 治癒剣術は拷問の道具ではありません!』と言わしめたほどの拷問なのだ。

 抵抗するだけ無駄だということが明らかとなり、セインはおとなしく降参したのである。


『最初は北の森の三日月ダケを独り占めする為に、北の森周辺を本拠地にしていたんだ。だが、毎晩一本ずつ食べていたところ、不思議な事に一本も見つからなくなってな。必死になって探したら、たまたまあの墓地に群生地を見つけたんだ』


 単にセインは北の森のキノコを全て食べ尽くしたのであって、不思議でも何でもない話であった。



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「わたくしの見ている範囲では、キノコは生えていないですわね」


「こっちにも……無いです」


 溜息をつくセシルとリリー。


「キノコはいくつか生えてますが……どれも依頼書に描かれたイラストの物とは違いますね」


 グレインは嫌な予感を覚える。


「なぁハルナ、見つけたキノコをセシルに見てもらってくれ。あ、毒キノコかも知れないから触らずに、な?」


「え? 分かりましたっ! ……セシルちゃん、こっちですっ!」


 ハルナはセシルに向かい手招きをする。

 リリーはキノコ探しに飽きたのか、手持ち無沙汰でグレインのもとへ戻ってくる。


「キノコ探すの……疲れました」


「あぁ、俺もだよ。……リリー、少しだけいいか?」


 リリーは、昨夜、墓地でグレインがハルナと話していた事を思い返しながら、少しだけ表情を強張らせる。


「いや、大したことじゃないんだ……そんなに緊張しないでくれ。なんか言いづらくなるし」


 グレインは少し改まり過ぎたかと反省する。


「何です? ……気にしないで……言ってください」


「わ、分かった。言うぞ? ……食事の……食べ物の好き嫌いを教えて下さい!」


「──は??」


 リリーは全力で目を丸くする。


「い、いや、だから大したことじゃないんだ。今後、野営をすることだってあるだろ? だから、食事のメニューをどうしようかと思ってさ」


 気まずい感じで頭を搔いているグレインに、唖然とした様子で答えるリリー。


「……好き嫌いは……無いです。逆に……あったら冒険者として困るのでは? 好き嫌いの克服は……武器を手に取る前にやるべき事かと……思います」


「おぉ……素晴らしい」


 グレインが目をきらきらと輝かせているが、リリーは当惑する一方である。


「え……当たり前のことじゃ……ないんですね?」


 リリーはグレインの様子からそれを察する。


「あぁ……。セシルはあの通りエルフだからか、基本的に野菜しか食べない。反対に、ハルナは肉ばっかり食って野菜は全部残す。まだ本格的な野営はしてないが、不安でしょうがない。だから、何でも食べると言ってくれるのは非常に心強いよ」


「……大変ですね……」


 リリーはそう相槌を打ちながら、やっぱりこのパーティは規格外だ、と強く感じるのであった。



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「グレインさん、三日月ダケがありましたわ! ものすごい数です!」


 セシルの弾んだ声がグレインを呼ぶ。


 グレインがセシルの指差すキノコを見ると、手配書のイラストとは似ても似つかない、真っ黒な傘を開いたキノコがびっしりと生えていた。


「え……これが三日月ダケ……?」


 ハルナは戸惑っているのも無理はない。

 手配書には奇妙な渦巻き模様と巨大な目が描かれている。


「セシルが言うなら間違いないな」


 グレインはそのキノコを次々とむしり取り、籠の中に放り込んでいく。


「で、でも、グレインさま……。この手配書に描かれているような模様や目が無さそうですよ? ……まさか」


 ハルナはある事に思い至る。


「あぁ、そのまさかだろ。それを描いたのは……たぶんナタリアだ」


「確かに……このイラストじゃ……見つけられない」


 ハルナの後ろから、リリーも手配書を覗き込んでいる。


「そもそもそんなのキノコじゃないだろ! なんで目が付いてるんだよ!」



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「……っ。目が付いてるとかわいいかと思って……。なっ、何よ、なんか文句あるの!?」


 大量の三日月ダケを持ち帰り、ギルドカウンターでグレインがナタリアを問い詰めると、彼女は顔を真っ赤にしてそう答えたのだった。


「勝手にアレンジするなよ……。こういうイラストは正確に描かなきゃまずいだろ? この渦巻き模様だってどこにもないしな」


「あ、あたしにはそう見えたのよ! 見えた通りに描いただけなんだからっ!」


 堂々と控えめな胸を張るナタリア。


「そうかそうか、お前の目が歪んでるんだな? お前の目には俺の顔も歪んで映ってるんだろ!? よく見ろよ! お前の目の前にいる不細工な男の顔を!」


「だ、大丈夫よ! あんたの顔なんて……いつもいつも穴があくほど見つめてるんだから」


「え……」


 少し苛立ち、言葉が刺々しくなっていたグレインは、一気に正気に引き戻される。

 同時に、お互いに顔が赤くなっていくのを感じる二人であった。


「はわわ……ラブラブ場面ですぅ」


「見ているこっちが恥ずかしくなりますわ……」


「……末永く……お幸せに……」


 こうして、『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』は同時に受けた四つの依頼のうち、二つを一日で解決したのであった。

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