第063話 拷問ではないのです

「では、身柄の引き渡しは完了ということで。依頼書に完了チェックのサインをお願い致しますわ」


 グレイン達は竜巻盗賊団一行をサランのギルドまで連行し、身柄をギルドに引き渡した。

 騎士団が来るまで、竜巻盗賊団はギルドの牢に拘留しておくと言うことで、『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』としてはギルドに引き渡した時点で、依頼は達成完了である。

 彼らが拘留される牢とは、セシルとグレインが初めて会った、あのギルド裏の牢小屋であった。


「……あ。おいセシル! この牢って脱獄できそうな穴とか空いてねぇの!? お前ここの牢屋の先輩だろ!? おい!!」


 牢に連行されている最中のセインは、同じくギルドの奥でギルド職員のサインを待っていたセシルを見つけて大声を張り上げる。

 セシルは反射的に全身を震わせるが、隣にいたグレインが軽く肩を抱き寄せ、耳元で何かを囁くと、セシルは再びセインを一瞥してから吹き出す。


「おいセシルてめぇ!! 何こっち見て笑ってんだよ! うちにいた時はただの小間使いだったくせに、偉そうに笑える立場じゃねぇだろうが!」


 セインの言葉を聞いて、グレインが顔色を変えてセインに歩み寄る。


「セシルはお前等と何の関係もない、うちのメンバーだ。立場を弁えてないのはお前の方だろう? 負け犬ちゃん。お前の馬鹿みたいな大声でセシルがビックリしてたんで、『見ろよ、まるで犬みたいにキャンキャン鳴いてるぞ』って言っただけだぞ?」


 その言葉によって、セインは怒りを増し、顔だけでなく体中を真っ赤にしていたが、両手両足を縛られている状態では何も出来ず、ただ溢れ出す感情のままに飛び跳ねるだけであった。


「お、犬が嫌だから今度は海老にでもなるのか?」


 セシルにもその言葉が届いていたようで、グレインの後方から『ぷふーっ!』と盛大に吹き出す声が聞こえている。


「あ、そうだ。お前、三日月ダケの生えてる場所知らない? お前等の出没場所が近くらしいんで、もし知ってたら教えてくれよ」


 グレインは偶然知っている可能性もあるかとセインに三日月ダケの在り処を聞いてみた。


「な、何!? 貴様もあのキノコを狙っているのか! あれは俺のだ! 貴様になんか絶対教えるわけが無いだろう!」


 その言葉を聞いて、グレインの目の色が変わる。


「……知っているんだな? どうしても吐いてもらうぞ? セシル、ハルナを呼んできてくれ! 拷問の準備だ!」


「……ハルナさんを? 承知しましたわ。……あの方、拷問までやっていますの……?」


 セシルは首を傾げながらギルドの酒場で待っているハルナとリリーを呼びに行く。


「さて、お前には二つの選択肢がある。素直に教えるか、拷問で無理矢理吐かされるかのどちらかだ」


「だっ、誰が貴様になんか!」


 セインは少し慄きながらも、威勢よく反抗している。


「拷問は無限に続く痛みが訪れるぞ? それでもいいのか?」


 グレインはまるで見たくないものを見ているように顔をしかめているが、セインはニヤリと口元を歪めて言う。


「そんなの耐えてやるよ。いっそキノコの在り処を喋らずにそのまま拷問で死んでやるよ」


 その言葉を受けて、今度はグレインが笑う。


「はっ、甘いな。痛みはあるが一切身体に傷はつかない。つまり絶対に死ねない拷問だ。だから『無限に続く』んだ」


「ぇ……」


 ここで初めて、セインの狼狽える様子がありありと見てとれた。


「もし素直に教えてくれたら、三日月ダケ一本差し入れしてやるからさ」


「な、何!? それは本当か!! あぁぁ、またキノコ食べれりゅぅ……キノコたべたいぃぃぃ!」


 グレインの提案に、突如としてセインの表情が蕩けたように崩れる。

 それを間近で見てしまったグレインは、少しセインから距離を取る。


「……三日月ダケって幻覚とか麻薬成分入ってんじゃねぇの……? まぁいいや。だから教えてくれるな?」


 しかしセインは表情を引き締めて告げる。


「それは……断る。苦渋の決断だが、あのキノコは俺のものだ。生えている場所も俺が見つけたんだ! 絶対に、絶対に──」


「グレインさま、誰が拷問要員なんですか?」


 グレインは後ろから声を掛けられる。

 セシルがハルナを呼んできたのだ。


「治癒剣術は……拷問に使うものではないのですよ?」


 ハルナの表情は凍りついたように笑顔のままであったが、それが逆にグレインの恐怖を掻き立てる。

 よく見れば、彼女の青みがかった銀髪ポニーテールが、ぷるぷると震えている。

 しかしそれは決して恐怖から来るものではなく、怒りであることは明らかだった。


「は、ハルナ、これには深い意味があって……。別に治癒剣術を拷問に使おうとした訳じゃ──」


 グレインは慌てて取繕おうとする。


「この女か? 痛みはあるけど身体が傷付かない拷問をするってのは。耐えてやるからやってみろよ! こんなかわいい娘にやってもらえるんなら、むしろご褒美だぜ!」


 不意に発せられたセインの言葉で、グレインは色々と手遅れだということを悟る。


「手遅れですわね……この方も、グレインさんも」


 セシルだけではなく、その場にいたギルド職員達も同じ感情を抱いていたようだった。

 竜巻盗賊団のメンバー達は、リーダーのご褒美発言にドン引きしているし、セシル達はグレインの行く末の想像がついていた。


「やはり……拷問に使おうとしていたのですね」


 ハルナは笑顔でそう言いながらレイピアを抜き、……グレインの脇腹に突き刺す。


「あぎゃああああぁぁぁっっ!」


「治癒剣術の目的を……間違えないで下さいね? これは傷ついた者を癒やす崇高で尊い術なのです。私もまだ見習いですが、いつかは立派なヒーラーとして──」


 グレインは体中をレイピアでメッタ刺しにされ、痛みにのたうち回りながらハルナの説教を聞かされている。

 当然、グレインはハルナを強化している。

 そうでなければハルナの刺突はただの殺傷行為になってしまうのだから。


 にこやかな笑顔のハルナに、全身をくまなくレイピアで貫かれているグレインの様子を見ていたセインは、顔を真っ青にしている。


「ハルナさん……それはどう見ても拷問ですわ……」


 グレインの悲鳴の中で、セシルの言葉がぽつりと響く。

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