第055話 覚悟

「取り敢えず僕の方の状況報告は以上だよ。グレイン、君の方は何かあるかい?」


 トーラスがミゴールの影を潰した直後、グレインがナタリアを抱きかかえたままの状態で会議室に現れた。

 グレイン達は当然、全身が血塗れになっておりラミア達を驚かせるが、怪我がないと言う事で安堵した様子であった。


「トーラス、まずは改めて礼を言わせてくれ。リリーのおかげで、ナタリアを失わずに済んだよ。本当に……ありがとう」


「……グレイン、彼女の魔法を見て、君はどう思った?」


 トーラスは少し不安げな表情でグレインに問い掛ける。


「正直……凄すぎてよく分からないな。死者蘇生ってのを初めて見たからな。でも、とにかくリリーには感謝しかないよ。俺達の大恩人だ」


「そうか……。彼女は、あの能力が原因で、これまで所属してきたパーティメンバーから避けられ、恐れられ、蔑まれ、酷い扱いを受けてきたんだ」


「なんだって?」


 グレインは驚きの声を上げる。

 リリーは戦闘力も治癒力も『災難治癒師カラミティ・ヒーラーズ』内ではトップクラスなのである。

 それが酷い扱いを受けるとは、一体どういうパーティなのか、グレインは疑問に思った。


「もし自分がヒーラーで、仲間が大怪我したとしたら……どうする?」


「ヒーラーなら当然仲間を回復するだろ……って、もしかして……」


「そう……彼女は味方を癒やすために、『殺す』必要があったんだよ。闇魔術奥義『蘇生治癒リバイブ・ヒール』は、自分が殺した対象に限り、蘇生して完全治癒することができる魔法なんだ」


「やっぱり自分で殺す必要があったのか。それはなんか……色々と面倒が起こりそうだな」


 トーラスは軽く目を閉じて頷く。


「実際に起こったさ。最初は密室で、怪我人とリリーだけで施術していたんだが、怪我した本人なのか、誰かが覗き見ていたのか……。ついには『仲間殺しのリリー』って二つ名まで付いてしまってね。そうして、皆彼女をパーティに入れることを拒むようになり、彼女は王都の冒険者の中で孤立していったんだ」


「それであの時、泣いていたのか……」


「彼女も辛かったんだろうね。いつもパーティを追い出されては、毎晩部屋で泣いていたよ。だから、彼女は次第に蘇生治癒を行わなくなった」


『どうか私の事を……嫌わないで』


 グレインは目を閉じて、リリーのその言葉を思い出していた。


「大丈夫ですっ! 私達はリリーちゃんをパーティから追い出したりしませんからっ!」


 会議室のドアから、ハルナがそう言いながら入ってくる。

 グレインはハルナに振り返る。


「ハルナ、リリーは大丈夫か?」


「お姉ちゃん! 良かった……ううう……。私じゃ助けられなくて……ごめんなさい」


 ハルナはグレインの問い掛けに答えることなく、ナタリアを見て泣き出す。


「リリーちゃんは、とりあえずお姉ちゃんの執務室で寝かせています。セシルちゃんがついてますが、少し貧血みたいな状態なだけで、意識もありますし命に別状はなさそうです」


 その言葉を聞いて、トーラスが目を丸くする。


「驚いたな……。いつも蘇生治癒の直後にばったり倒れて、意識不明の状態で一週間ほど寝込む筈なんだ。グレインの強化でここまで劇的に変わるとは思わなかったよ」


「ナタリアを助けるために必死だったから……なのかも知れないな。ところで、そろそろナタリアさん重いです」


 グレインはずっとナタリアを所謂『お姫様抱っこ』した状態で話をしていたが、そろそろ限界が来たようである。


「レディに対して重いとか失礼よ!」


 ナタリアがグレインの頬をつねる。


「イテテテッ! 落とすぞこら」


 そんな二人の様子を見てトーラスが笑いながら口を挟む。


「あはははっ、ナタリアさんはもうグレインさんに落とされてるじゃないか。で、結婚はいつ?」


「兄様……つまらない事言わないで」


 トーラスはぎょっとして声の主を見遣る。


「リリーか……驚いたな。もうそんなに元気なのか」


 そのままトーラスは何かを考え込む仕草を見せるが、思い立ったようにグレインに向き直る。


「グレイン、もう一度お願いだ。蘇生治癒を知った上で、リリーをパーティに加えてもらえないだろうか?」


 グレインは笑顔で答える。


「おいおいトーラス、何言ってんだ? リリーはもう『災難治癒師』の一員だぞ。このパーティは、一度入ったら絶対に解雇しないんだからな。そしてリリーは前線の戦闘員だ。それに緊急時の治癒まで可能となると、既にこのパーティの主力と言ってもいい」


「このパーティでは、グレインさん以外全員が主力メンバーですわ」


 リリーの背後から、ニヤニヤしながらセシルが現れる。


「私達全員、同じ覚悟を持っていますわ。ね、グレインさん?」


 セシルの言葉に、グレインとハルナも目を見合わせる。


「あぁ、そうだな」


「「「リリーになら殺されても構わない」」」


 一同のその言葉を聞いて、リリーとトーラスの兄妹は泣き崩れるのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る