第052話 行くんだ!
グレイン達が闇ギルド対策組織を立ち上げた翌日、構成員は再びギルドの会議室に招集されていた。
決起集会を派手にやり過ぎたため、ほぼ全員が二日酔いであり、招集時間は夕方に設定されていた。
「それで、対策組織ってのは具体的に何をすりゃいいんだ? あぁ……ナタリア、やっぱりこのスープを酒場で売ってくれよ」
招集された全員が、ナタリアの作った二日酔いに効くスープを飲んでいる。
「だったら酒場の売り上げが減る分、あんたが払ってくれる? ……そんなに飲みたきゃ酒場出た後に作ってあげるわよ」
アウロラとセシルは、そんな二人の様子をニヤけた様子で眺めていた。
「今日は全員体調不良だし、明日また出直すか」
突然グレインがとんでもないことを言い出したので、アウロラは慌てて話を始める。
「えーっと、全員聞いて? ホントは今日、今後の計画について話をしたかったんだけど……さっき新しい情報が入ったので連絡するねー。……闇ギルドが、クーデターを起こしたみたいだよ。王都の西にあるニビリムの冒険者ギルドから、闇ギルドに占領されたって魔法通信で救難信号が飛んできたんだ。ちなみに、王都よりかなり南にある、ここサランには何の影響もなく、本日もいたって平和です」
「めちゃくちゃヤバい情報を軽い感じで説明したけど……。それに最後の情報、要るか?」
容赦なく指摘するグレインを尻目に、アウロラは話を続ける。
「今までひっそりと活動していた闇ギルドが、何で突然表立った行動に出たのかは解らないけど、皆がニビリムからも、王都からも脱出したのは適切な判断だったみたいだねー。とりあえず戦線が思ったより広い範囲になりそうなので、ウチらはサランで待機しておいて、王都からの要請に応じて各地に飛ぶことにしますー。ウチらについてはもう説明済みだからね! サランギルドには凄腕の冒険者達が控えてますって」
「やめてくれよ! そこ話を盛っちゃダメなとこだろ!? ……念の為確認なんだが、王都からの要請ってのはギルドみたいに魔法通信で来るよな? 連絡のために馬車で何日もかけて使者がやってきて、俺達が到着したときには廃墟になってましたっていうのは御免だからな」
「うん、そこはちゃんと魔法を使うと思うよ」
その時、ミレーヌが会議室のドアを叩く。
「マスター、サブマスター! 王都から飛竜に乗って、速達の使者がやってきました」
「「「「魔法は」」」」
アウロラを問い詰める一同であったが、アウロラはげふんげふんと咳込みながら手元の水晶玉を覗き込んで胡麻化している。
「はぁ……とりあえずあたしが応対するわ。ミレーヌ、使者を応接に通してちょうだい」
ナタリアが会議室を出ていく。
「ということで、使者はきっと支援の要請だねー。いきなり実戦になるけど、準備は大丈夫かなー?」
アウロラは一同の目を見て問い掛ける。
「準備か……少し話し合う時間は欲しいな。パーティメンバーが増えたことだし、戦略に幅を持たせられるかも知れない。……ちなみに、二日酔いはもう大丈夫かな?」
グレインは特にハルナとセシルの方を見て話すが、無言でこくこくと頷いている事から、ナタリアのスープが効いたようである。
「分かったよ! それじゃ、ウチからの連絡は以上だから、あとは各自必要な準備を開始って事で、解散!」
あくまでリーダーはグレインなのだが、何故か号令をかけるアウロラであった。
「なぁリリー、君の戦闘スタイルは昨日トーラスが説明してくれたんで概ね理解しているつもりだ。あとは……暗殺術以外の能力……たとえば闇魔術とか、治癒魔法とかはどれぐらい使えるんだ?」
リリーはビクッと身体を震えさせ、目を伏せるが、答えが返ってくることはない。
「……そうか、まぁ、言いたくないなら別に構わないさ。いつか話したくなったら教えてくれ。それまでは、普通に暗殺者として戦略を考えることにするよ」
グレインのふわりと柔らかい笑顔を見たリリーは、ほっとした様子で静かに頷いた。
再び会議室のドアがノックされ、ミレーヌが入ってくる。
「マスター、ナタリアさんが、やっぱりギルマス本人じゃないとまずいから応接に来てって言ってますよ」
「えー、そしたら今だけナーちゃんにギルマス権限移譲するわぁ」
「「「ギルマス仕事しろ」」」
こうしてアウロラは渋々会議室を後にする。
十分ほど経った後、アウロラが会議室に戻ってくる。
「あーつかれたー。あとでナーちゃんにご飯おごってもらお」
会議室の椅子に座り、肩を自分で揉む仕草を見せるアウロラ。
「そもそもお前の仕事だろうに……。ナタリアはどうした?」
「ナーちゃんは後処理があるからって執務室に向かったよー。そろそろ戻ってくるんじゃない?」
突如、トーラスが立ち上がり、会議室の机を蹴飛ばしてアウロラの前に立つ。
「君は……一体何者だい?」
トーラスの言葉に、会議室に居る者達は血の気が引いていくのを感じた。
「はい? ……アウロラですよー?」
「いいや、違うね。アウロラさんは僕が惚れた人なんだ。その気配、意識、魂、オーラ、魔力、息遣いが少しでも違えばすぐに気付くさ。いま、僕の目の前に座っている君は、どれ一つとしてアウロラさんとは一致していない」
「トーラス、お前……その発言、変態みたいだぞ」
グレインが半ば呆れ気味にトーラスに冗談を飛ばしながら剣を抜き、その両目は『アウロラの形をした誰か』を捉え続けている。
「ん……? 血の匂いがするね?」
トーラスの言葉に、グレインは心臓がチクリと痛む。
「はぁ、上手く化けたと思ったのになー。バレちゃ仕方な──」
アウロラが何事かを言い終わる前に、トーラスの両手から吹き出す闇の霧がアウロラの身体を覆い、その身体を中空に磔にする。
「んぎぃぃっっ! 身体が……動かん! ……おのれ!」
アウロラの目が真紅に光り、自らの足元の床から三体の骸骨剣士が立ち上がる。
「三体も同時に召喚できるとは、この身体はなかなかの魔力量を秘めているな。あの口やかましいだけの女とは全然違うわ……行けっ!」
アウロラの号令と共に、骸骨剣士は同時にトーラスに襲い掛かる。
「弟様、危ない!」
トーラスの前に飛び出したラミアが火炎魔法を放ち、骸骨剣士の動きを止める。
その一瞬で、ダラスが次々と骸骨剣士の腹を蹴りつけ、トーラスから遠ざける。
「トーラス殿、骨は俺達に任せろ!」
『あの口やかましいだけの女』
「え……? ナタリアは……」
グレインは、アウロラらしき人物の言葉がナタリアを指しているものだと悟り、何も考えられなくなっていた。
「グレイン! おい、しっかりしろ! ここはいいから、早く応接室へ行け! 行くんだ! 早く!」
アウロラに掌を向け、闇の霧を放出し続けているトーラスの、いつになく強い言葉が頭の働いていないグレインの身体を突き動かす。
グレイン達は、トーラスの言葉通りに会議室を飛び出して応接室へと走っていく。
「リリー! リリー! 彼と一緒に行ってあげてくれ。……そして、必要ならば……」
「はい……兄様……元よりそのつもりです」
トーラスの言葉を受け、リリーも会議室を駆け出す。
「まさかそっちから来てくれるとは思わなかったよ、ミゴール!」
トーラスは、闇によって吊るし上げられたアウロラに話し掛ける。
「なっ! 何故それを……!」
「ニビリムの町で感じた悪意と、アウロラに入っている君は全く同じ気配だぞ? もう少し上手く隠したらどうだ? 『
「あっ、ががぁ! ががぐぐぐぐ」
トーラスの闇が、アウロラの身体から人型をした影の塊を抜き取り、引き剥がしていく。
「アウロラさんに取り憑くなんて……許せないよ!」
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