第038話 ロイヤルスイートルーム

 三人は『安らかな眠り亭』のロビーで部屋割りについて相談している。


「イングレさん、わたくしとお部屋を替わってくださいませんか? このままではスプラッタークイーンの身が危険ですわ!」


「あ、あぁ。別に何も起こらないと思うが、一人が嫌なんだったら替わってもいいぞ」


「年頃の男女が同じ部屋で一夜を過ごすなど……間違いが起こるに決まっていますわ!」


「そもそもスプラッタークイーンとは、病院で三日三晩同じ病室で過ごしていたが何もなかったぞ」


「ひぃっ! 三日三晩も……。ふ、不潔ですわっ! 近寄らないで下さいまし」


「いや、ほんとに何もなかったんだってば」


 少しずつグレインから離れていくセシルと、それを追いかけて話を続けるグレイン。

 そんな二人を見かねたハルナが、苦笑しながら口を挟む。


「あの時、イングレさまは意識がありませんでしたからねぇ……」


「そういえば、スプラッタークイーンはどうして病室で寝泊りをなさっていたのですか?」


「どこにも行くあてが、なくて」


 ぽつりとハルナが寂しそうに呟き、セシルはぎくりとする。


「あ、あの、すみません。変なことを訊いてしまいまし──」


「それに、『寝ずの看病大変だね』って、私にも食事を出してくださったんです! 私ちょうど無一文で食事にも困ってましたから……。寝ないで看病していれば食事が貰えるとわかったので、徹夜で看病を頑張りましたっ!」


「「さっきの一言が台無し」」



「あのー、お客様……部屋割りのご相談はいかがでしょうか? そろそろお決まりになられました?」


「「「あ、忘れてた」」」


「だから、イングレとスプラッタークイーンが同じ部屋だったらまずいですわ!」


「じゃあロングネーマーとスプラッタークイーンを同室にして、俺だけ一人部屋にしようか」


「申し訳ありませんが、それはお受けできません」


 突如カウンターの男がグレイン達の会話に割り込む。


「オーナーの書状には、『イングレは命を狙われているので、護衛のため必ず誰かと同室にせよ』とありますので」


「トーラス……あの野郎……。こんな宿屋の中で襲われる訳ないじゃねぇか」


「いいえ、わたくしかスプラッタークイーンのどちらかが襲われますわ。……ケダモノと化したイングレに」


「じゃあロングネーマー、俺と同室になってみるか?」


「なんでそうなりますのっ!?」


 セシルは顔を真っ赤にして怒っている。


「お客様……一つご提案がございます。どうも見たところ、どちらの方と今夜の床を共にされるか迷ってらっしゃるご様子」


「「「うん、それ大きな間違いだからね?」」」


「そこで、皆さま全員でロイヤルスイートルームに宿泊なされるというのはいかがでしょうか」


「「そのお部屋でお願いします!」」


「あの……リーダー……俺……」


 こうして全員で一室に宿泊することが、主にハルナとセシルによって即決されたのであった。



********************


「うわぁっ! このベッドめちゃくちゃ弾みますよっ!」


「あちこちにお花が生けてあって、壁紙もお花畑の中にいるみたいですわ」


 ハルナはベッドで跳ね回り、セシルは三人でも持て余すほど広い部屋の真ん中に立って、部屋の中を見回している。

 グレインは頬を膨らませ、ギルドにあった物とは比べ物にならないほど沈み込むソファに深く腰掛けていた。


「なぁ、セシルだってあんなに、俺が誰かと相部屋になるのを嫌がっていたのに、なんでここの部屋には賛成したんだよ?」


「イングレ、わたくしの名はロングネーマーですわ。お間違えの無いよう。……わたくしはスプラッタークイーンと同じ部屋になりたかったのですわ」


「部屋の中ぐらい本名でもいいだろ?」


「盗聴魔法はどこでも関係ありませんわよ?」


「あぁ、魔法で盗聴されてる可能性もあったのか」


「むしろ盗聴と言ったらそれしかないのでは? まさかイングレは壁に耳をつけて盗聴すると思っていたのですか?」


「うっ……」


「イングレ、あなたどれだけ魔法に縁遠いのですか? 自分の身を守るためにも、少しは魔法の知識を身に付けておくのが賢明ですわよ?」


「はい、分かりました……」


「スプラッタークイーン、わたくし先にお風呂をいただいてもよろしいですか?」


「えぇ、どうぞ。さぞかし広いお風呂なんでしょうねぇ」


 セシルは一人、浴室へと入っていった。


「なんか、ロングネーマーの様子がおかしいですね……。いつもよりテンションが高いというか、高飛車というか。グレインさまへの態度も随分と変わってしまって」


「何だろうな……俺の事を呼び捨てにしてるしなぁ。単に気分が良くて調子に乗ってるだけなのかな? まぁ、この作戦の間だけだろ。俺は別に気にしてないし、ラミアの扱いよりは遥かにまともだから」


 そう言って、グレインは苦笑する。


「グレインさまが構わないのならいいのですが……」


「おっと、スプラッタークイーン、今の俺はイングレだぜ?」


 おどけてウインクするグレインに、ハルナはくすっと笑う。


「ふふっ、イングレ。そうでしたね。……まぁ、ロングネーマーもこれまで色々とストレス溜まってたのかも知れないですし、たまには発散してもらいましょうかねっ」


 その時、浴室から声が掛かる。


「イングレ、何やってるの! 早く背中を流しなさい」


「「えぇぇぇぇぇっ!」」


「いやいやいやいや、流石にそれはまずいだろ」


「ロングネーマーさん、背中でしたらスプラッタークイーンが流しますぅ!」


「わたくしはイングレに言いつけているのですわ。わたくしの言うことが聞けないの? イングレ、早く来なさい!」


「イングレさま、くれぐれも変な気は起こさないように……」


「あぁ、分かってる」


 グレインは服を着たまま浴室へと向かい、おそるおそる浴室のドアをノックする。


「ふぅ……来たわね、イン……グレ……? え? ちょっ、待」


「失礼しまーす……」


 グレインが浴室のドアを開けると、浴槽に肩まで浸かっているセシルと目が合う。


「っひっ、ひっ、ヒキャァァァァァーーーーー!!」


 セシルは突然、浴槽の湯を両手でグレインに向かってばしゃばしゃと弾き出す。

 セシルの悲鳴を聞いたハルナが浴室へ駆けつけると、身体が見えないように浴槽にへばりつくセシルと、入り口でずぶ濡れのまま立ち尽くしているグレインがいたのであった。

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