第028話 再会

「このあたりが価格も性能も平均的な感じかな」


「そうですね……。高くもなく安くもなく、平凡な感じでいいと思いますっ!」


 グレイン達は王都へ赴くにあたって馬車を借りる事に決め、今まさに貸馬車の品定めをしているところであった。

 グレイン達が拠点にしている初心者の町サランは、ヘルディム王国のほぼ南端と言える場所にある田舎町である。

 一方、目的地の王都ラグランは、王国のほぼ中央に位置しているので、いくら小さな国とはいえ、南端から中央に向かうのに徒歩では、些か無謀が過ぎるというものであった。


「馬は何頭連れていくか迷うところですわね」


「あー、馬ってことは、餌とか水も掛かるんだよな……。こういう時に、魔法で水出せる奴がいたら持って行かなくても……」


 グレインは『緑風の漣』にいた頃を少しだけ思い出す。

 当時はFランクパーティだったため、馬車を使って遠出する機会はそこまで多くなかったのだが、何度かは経験があり、その際にもラミアが魔法で水を生成していたのだった。


「グレインさま、それならギルドで魔法使いを募りましょうか?」


「いや、ちょっと心当たりがあるぞ」



********************


「ダメーーーー! 残念ながら、ギルドマスターは忙しいのであるっ! 皆と王都に行けるのは楽しそうだけどねー。……ナーちゃんの見張りが厳しくなって抜け出せないんだよー……よよよよ……」


 グレイン達は再びギルドに舞い戻り、アウロラの執務室に来ていた。

 グレインは『一通りの魔法が使える』と言っていたアウロラを水の供給源として連れて行こうとしたのだった。


「馬の水を確保するだけの為にギルマスを連れ出そうなんて、よくそんなこと思い付きますわね」


「さすがグレインさまですっ」


 セシルが呆れた様子で、ハルナは感心した様子でグレインを見ているが、グレインは真剣な表情をしている。


「何事もやる前から決め付けたら、何も出来なくなるからな。まずはやってみないと。当たって砕けろの精神だ」


「なるほど……分かりましたわ。ではわたくしも」


 グレインにつられてセシルも顔を引き締め、アウロラの執務室に付いている、隣の部屋へと続くドアを開ける。


「お、おい、そっちの部屋は!」


 グレインは慌てふためく。


「わたくし達とアウロラさまと、一緒に王都に行きませんか!」


 セシルが隣の部屋に入るなり、部屋の主に声を掛ける。

 そこに居たのは、珍しくカウンターに立たず、自分の執務室でサブマスターとしての仕事を淡々とこなすナタリアであった。


「行ける訳ないでしょうが! あんた達だけの為に、あたしとアーちゃんがこのギルドを離れたら、一瞬でここ潰れるわよ?」


「グレインさんとの婚前旅行は……」


「そ、そんなのまだ早いわよ!」


「『まだ』? と言う事はそのうち……キャァァァ!」


 悲鳴と共に、ものすごい勢いで半泣きのセシルがアウロラの執務室に戻って来て、アウロラに抱きつく。

 その後ろからナタリアがゆっくりと、グレインとアウロラ、セシルの方へと歩いてくる。


「セシル、お前はバカか! 『当たって砕けろ』って、別に物理的な意味で言った訳じゃないんだぞ!?」


 関係ないはずのグレインまでもが怯え始めている。


「ナーちゃん、冒険者を、しかもこんなに小さい娘を怯えさせちゃだめだよー?」


 抱きついて震えているセシルを撫でながらアウロラはナタリアを宥める。


「アーちゃんも、その娘は二十歳過ぎだって知ってるじゃないのよ……。全くもう……」


「(グレインさん、グレインさん、どうやら脈ありのようですわよ)」


 アウロラの胸の中から、見た目だけ十代前半の少女がグレインに声を掛け、拳の親指だけを立ててサインを送る。

 しかしナタリアはそれを見逃さない。


「セシル、余計な事言ってんじゃないわよ!」


 ナタリアに睨まれて、セシルは再び半泣きでアウロラの胸の中へと沈んでいくのだった。


「しょうがない、水は普通に運ぶしかないかな。人を雇うと、その分費用も掛かるし」


「……グレインさま、あ、あれ見てくださいっ!」


 執務室の中で皆から離れて一人窓際に立っていたハルナが声を掛ける。


「どうしたんだ?」


 するとハルナは何も言わず、満面の笑みで窓の外を指差す。

 そこには、大きく広げた翼を背に、空に悠々と浮かぶ仔馬がいた。


「ポップ! ポップじゃないか!!」


 グレインがそう言って窓際に駆け寄ろうとするが、それを押し退ける勢いで、アウロラの胸元からセシルが飛び出していく。


「ポップ! 元気でしたの!? お母様には会えましたか?」


「プップゥ〜……プルプル」


 セシルが窓を開け、窓越しに浮かんでいるポップに抱きつく。


「ちょっと……何よこれ……。ホントに聖獣じゃないの」


「ウチも初めて見たなぁー。かわいい……」


 ポップを初めて見たギルドの幹部二人が呆然としている中、セシルはポップと何やら話をしているようだ。

 グレインが会話の内容を聞こうと耳を欹てるが、それよりもギルドの下階からのどよめきがうるさく、会話の内容が聞き取れない。


「ナーちゃんアーちゃん、すまないがギルドの一階でポップを見て騒ぎが起こってそうだ。沈静化をお願いできるだろうか?」


「芸人みたいな呼び方やめてくれる?」


 ナタリアはそう言いながら執務室を出ていった。


「ナーちゃん行ったらきっと大丈夫。ウチは自分の仕事しよーっと」


 アウロラが自分の机に戻ったちょうどその時、下階から物凄い剣幕でナタリアが怒鳴る声が聞こえた。


「……なぁアウロラ、あいつって昔からあんな性格なのか?」


「あいつ、ってナーちゃんのこと? 昔は普通の、どこにでもいそうな女子だったと思うよー? ……ただ、すごく優しかったかな。……ウチね、貴族の子供だったから周りの子と全然馴染めなくて、仲間にも入れてもらえなかったんだ。でもナーちゃんだけは、ウチを貴族とか関係無しに、一人の女の子として接してくれてたの。だからウチの小さい頃の思い出は、全部ナーちゃんと一緒の思い出しかないんだよ。それぐらい、ずっと一緒にいたの」


「あぁ、なんとなくあいつ見てたら、そういう面倒見のいいところあるよな」


「だから、ウチはナーちゃんの事が大好きなんよ。この想いは誰にも負けない! でもでも、もしグレインがナーちゃんとくっつくなら、ウチ応援するよ?」


「またその話かよ。なんでみんな俺とナタリアの事を──」


「傍から見て、明らかに両想いに見えるからじゃない?」


「えぇぇぇ!? ちょっと待ってくれよ」


「グレインだって、ナーちゃんの事が気にならない訳じゃないんでしょ?」


「何だその曖昧な表現は……。まぁ、ラミアに比べると天と地ほどの差があるのは認めるが。ラミアは死んでも有り得ないぐらいだ」


「ほら、グレインもナタリアの事が好きなんじゃない」


「その論理はおかしいだろ……。いいか、喩えるなら犬の糞と鳥の糞を比べてだな、」


「人をそんな物に喩えるんじゃないのよっ!」


 いつの間にか戻って来ていたナタリアの平手打ちが、グレインに炸裂した。

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